前川清が演じる幸枝の夫は、一日中テレビの前で横になっている。定年後ダメ夫の典型だ。長男が引きこもっているが、その世話も心配も幸枝だけがしている。マ子に「あなた、ウエディングドレスは着た?」と聞かれ、「お義母様のすすめで着物だった」と答える。姑と同居して、看取った幸枝。シニア女性の現実と重なる。

 マ子に勧められ、幸枝はウエディングドレスを着る。写真を撮るだけのはずが、海辺のホテルには夫も娘も、エキストラだという招待客までいる。夫は幸枝に、「もう一度、僕と結婚してください」とプロポーズする。「これまでダメな亭主だったけど、やり直させてくれ」と。そこから夫は、家事に勤しむようになる。

 2年前までシニア女性誌の編集長をしていた。読者にとって「夫がダメ」はデフォルトだった。「夫を改造する」といったテーマは受けず、あきらめているのだと理解した。一方で「三浦友和さんが語る妻・百恵さん」のような記事は受けた。妻を愛している夫、そういう美しいストーリーは読みたい。そう理解した。

 幸枝は夫に、自分が末期がんであることを告げない。ある種の復讐だろう。だが、ウエディングドレスを着た幸枝を前に、夫もパリッとしたタキシード姿で現れ、謝罪する。そして愛を告げる。家に帰って、ダメ夫から一転、優しくまめな夫に変身する。

 現実の夫婦は、普通こうはならない。だから、ある種のおとぎ話。観ているシニア女性たちも、それはわかっていると思う。それでも謝る夫に溜飲を下げ、愛を告げる夫の言葉に慰められる。夢中で観たはずだ。

 吉永さんは、淡々と演じているように見えた。「主婦をバカにしないで」とマ子に怒るシーン、夫に「自分を見てくれたことがあるか」と問いかけるシーン、引きこもりの長男の部屋のドアを叩いて「お母さん、もうじきこの家からいなくなるの」と語るシーン。どこでも吉永さんは、懸命に演じていた。だけど、その演技をどう表現するかと考えた時、浮かんできたのは淡々という言葉だった。

 吉永さんは、「空洞」なのだと思った。空洞の中に、幸枝という人を受け入れる。受け入れてから、幸枝という人になる。何歳の役でも、同じだ。20歳でも70歳でも、受け入れる。受け入れたら、演じる。そこからは、淡々と。それが「素人」ということではないだろうか。

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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