では、被害の規模はどうなるのか。2018年6月に土木学会が発表した報告書では、東京湾で巨大高潮が発生した場合、想定死者数8000人、経済被害の総額は115兆円にのぼると試算されている。この試算も、都の浸水想定と同じく室戸台風の襲来を前提としたものだ(「『国難』をもたらす巨大災害対策についての技術検討報告書」)。とてつもない数字に思えるが、前出の土屋さんは「決して過大ではない」と話す。
戦後の東京は地下鉄が発展し、駅地下には地下街が広がっている。都営大江戸線は「地下の山手線」として各駅が他の路線と連結している。そのため、北千住(足立区)のような標高の低い地域が浸水して水が大量に流れ込んだ場合、地下鉄のトンネルを通じて丸の内(千代田区)などで水が噴出する可能性もある。もちろん、鉄道会社は水が浸入しないための防水扉を設置するなど対策を講じているが、想定外の事態が起こらないとは限らない。
東京は、地震や火事などたび重なる災害を乗り越えて世界有数の都市に発展したが、戦後で大きな被害が出たのは1947年のカスリーン台風と1949年のキティ台風、さきほど紹介した狩野川台風ぐらいだ。だが、それは東京のインフラが強化されたから被害が小さくなったのではなく、「たまたま巨大な自然災害に襲われていないだけ」というのが専門家の共通した見方だ。
台風の接近が近づいている今、できることは限られている。
「高齢者など、自力で避難することが難しい人は雨が降ってからでは遅くなってしまう。明るい昼間のうちに安全な場所に移動してほしい。10メートルの水没も予想されるので、4階以上の場所に移動する必要があります」(土屋氏)
もし、避難しようと思ったときに、すでに暴風雨が来ていた場合は、無理に外に出てはいけない。
「水深20センチでも、転倒すれば溺死する危険は十分にあります。特に夜の避難は危ない。外に出ることが難しいと判断した場合は、次善の策として自宅やマンションの上の階に移動する『垂直避難』をした方がいい」(土屋氏)