中央省庁などで障がい者の雇用数が水増しされていた問題。チェック体制の甘さなど様々な問題が指摘されているが、そもそも障がい者が社会に出て働くことに対する理解は進んでいるのだろうか。『ろう者の祈り』の著者・中島隆さんが、あるろう者の男性から、耳の聞こえないことによって直面する厳しい現実を聞いた。

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 彼は、やさしくて、笑顔がよくて、落ち着いた雰囲気の男だ。聴者たちのなかの職場で、一生懸命に働いた。あるNPOに参加し、ろうの子どもたちに勉強を教えてもいた。それなのに……。

 幼稚部だけろう学校。小学校からは、聞こえる人といっしょに学校に通った。聞こえないなんて怪しい人間だ。そう思われて、仲間はずれにされたことがあった。いじめられたこともあった。聴者である父親と母親は、彼に言った。

「がまんしなさい」「負けずにがんばれ」

 学校では、教師にイヤというほど言われた。

「きみは聞こえないのだから、聞こえる人たちより2倍がんばらなければならない。努力だ、もっと努力だ」

 勉強をがんばった。でも、授業での会話がわからなかったのが、辛かった。

 中学生になった。勉強が難しくなった。それなのに、教師は黒板に向かってチョークで書きながら何か話している。

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授業が理解できない彼に両親は…