事件後「自殺考える」相談者が9割 結婚破談、進学諦める人も…加害者家族を待ち受ける残酷な現実
AERA犯罪被害者と家族が苦しむ裏で、加害者の家族もまた苦難を受ける。世間の批判を受け、生活の全てを失い、自殺に追い込まれる例さえある。加害者家族を追い詰めるものは何か。社会はどう変わるべきか。AERA 2020年12月7日号の記事を紹介する。
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「家族も同罪で死刑」
「名前と顔を特定して吊し上げろ!」
罵詈雑言、誹謗中傷の書き込みがインターネット上にあふれた。ターゲットにされたのは、東京・池袋で暴走事故を起こした元官僚の家族だった。
事件は昨年4月19日に起きた。乗用車が暴走し次々と通行人をはね、母子が亡くなり9人が重軽傷を負った。自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われたのは飯塚幸三被告(89)。しかし被告は逮捕されなかった。被告が旧通産省工業技術院の元院長というエリートで勲章も受章していることから、社会的地位のある「上級国民」扱いだと激しい批判の声がネットを中心に飛び交った。同時に、被告の家族へのバッシングも過熱した。
ある日突然、家族が起こした犯罪の責任を問われ、ネットで名前や顔や住所がさらされ、世間の視線に孤立し、ときにはマスコミに追われる。それまでの家も仕事も失い、自責の念から自殺に追い込まれる例も少なくない。
「加害者家族への差別や偏見は世界中にあります。しかし欧米諸国では加害者家族を支援する意義がキリスト教団体を中心に社会的に広く受け入れられ、そのための組織が多数活動しています。それに対し日本では、加害者家族として利用できる公的な避難場所はなく、緊急対応は不十分。加害者家族は責任を負わされ、守られていないどころか、人権すら侵害されています」
そう語るのは、犯罪加害者家族の支援に取り組むNPO法人「ワールド・オープン・ハート」(仙台市)理事長で『加害者家族を支援する 支援の網の目からこぼれる人々』(岩波書店)などの著書がある阿部恭子さん(42)だ。2008年、東北大学大学院在籍中に任意団体として全国初の加害者家族支援組織を立ち上げ、これまで社会的に認識されることがなかった「加害者家族」という存在を可視化した。今は弁護士、社会保険労務士、臨床心理士らによって構成され、24時間の「加害者家族ホットライン」を設けている。
相談は全国から年300件ほどくる。相談者の年齢は20~90代と幅広く、同NPOが09年から17年3月までの間の加害者家族の状況をまとめた「加害者家族白書2016」によれば、相談を受けた920人の罪名では「殺人」が最も多く122件、次いで「強制わいせつ」(112件)、「詐欺」(99件)と重大事件の加害者家族からの相談が多い。
■相談した家族の9割近く事件後「自殺考える」と回答
加害者家族が受ける現実は過酷だ。
夫が電車内の痴漢で逮捕されたという関東地方の女性(40代)が取材に応じてくれた。夫の逮捕によって、幸せだった暮らしは全てが暗転したという。
「子どものこと、お金のこと、自分のこの先の人生のこと。何より、マスコミに報道され白日のもとにさらされる恐怖がありました。このまま電車に飛び込めば楽になるだろうと思いました」
夫が逮捕されたと聞いた時の心境をそう振り返った。事件は報道されることはなかったが、不安は残った。夫は再犯の可能性がゼロではない。再び犯罪を起こせば、今度こそマスコミが自宅に押し掛けてくるだろう。そうなるとすぐに自宅を引き払わなくてはいけない。そんな残酷なことを子どもたちにさせたくない。
女性は離婚して姓を変え、幼い子どもたちを連れ、住み慣れた地元を離れて今の町に転居した。子どもたちには離婚理由を話していない。今は仕事を見つけ子どもたちと再スタートを切っているというが、こう話した。
「事件のことが頭から離れず、気持ちが楽になることはありません」
同NPOが相談を受けた920人の「事件・事故後の生活の変化」を分析すると(複数回答)、「自殺を考える」が799人と9割近くに及んだ。「結婚破談」(360人)や「進学や就職を諦める」(350人)という人も少なくない。
先の阿部さんは言う。
「共通するのは恐怖感。特にネット社会になり、デジタルタトゥーと呼ばれるように、ネットに一度書かれた個人情報や誹謗中傷は消えずに残ります。その結果、加害者家族はいつまでも十字架を背負うことになります」
冒頭で紹介した暴走事故加害者家族も、重い十字架を背負うことになった。
この加害者家族の相談にも乗ってきた阿部さんが、ウェブメディア「現代ビジネス」(10月9日)に寄稿した記事の主旨は次の通りだ。
19年4月下旬、「加害者家族ホットライン」に、父親が運転していた車が事故を起こし、多数の被害者を出してしまったという家族から電話が入る。
被害者の方々の容態が心配で、車に同乗していた母親も生死にかかわる重傷だという。何日も食事が喉を通らず全く眠れていない。言葉は少なく、憔悴しきっている様子が伝わってきた。
相談は匿名で、事件の詳細をあれこれ聞くことはしない。相談者が、「池袋暴走事故」の加害者家族だと判明したのはだいぶ後のことだった。
「正直、逮捕してもらいたかったです」
家族はそう話した。
家族と話して、被害者を気遣う言葉が出なかったことはない。親子を見るたび事故のことが思い出され、胸が詰まる思いだという。
車に同乗していた母親は、ICUに20日間入る大怪我を負った。母の様子を見るたび、事故で怪我をされた被害者とその家族も、相当に辛い思いをしていると思い心が苦しくなるという。
「あの事故を忘れた日はありませんし、これからも永遠に忘れることはありません」(家族)
家族として、事故を起こした父親に対して怒りが抑えられなくなる瞬間もあるという──。
■明治以来の「連帯責任」背景 影響は親にも子にも及ぶ
一つの犯罪が、被害者と同様に加害者の家族を奈落の底に突き落とす。この加害者家族も犯罪者の身内という「烙印」を押され、世間から糾弾され、罪を犯した本人以上に苦しみ、償う道を探し続けているのだろう。
しかし、なぜ、自身が罪を犯したわけでもなく、犯罪に加担してもいない加害者家族が責め立てられ苦しめられるのか。加害者家族を追い詰めるものは何か。阿部さんは、日本に根ざした「連帯責任」の考え方が大きいと話す。
「日本では、明治時代初期まで家から犯罪者を出した場合、血のつながりから家族に連帯責任を科す『縁座』という制度が存在しました。その考えが今も残り、加害者家族も当然、制裁を受けるべきだという風潮が残っています」
19年6月、大阪府吹田市で交番が襲撃され男性巡査が包丁で刺されて拳銃が奪われる事件があった。加害者は当時33歳。加害者の父親は大手メディアの役員だったが、謝罪コメントを出し、職を辞任した。阿部さんは言う。
「特に子どもが重大事件を起こした場合、親に連帯責任を求める風潮が強く、家族の社会的地位が高ければ高いほど、強まる傾向があります」
日本では19年の1年間に950件の殺人事件が起きた。それだけの数の加害者がおり、加害者家族が存在するのに、現在、国内に加害者家族支援団体はワールド・オープン・ハートを含め3団体しかない。その一つが、山形県弁護士会の「犯罪加害者家族支援センター」だ。
18年11月、「犯罪加害者家族に対し精神的、経済的、社会的な差別・偏見から立ち直るための支援をすることは弁護士の責務である」として設立。弁護士会が組織として犯罪加害者家族を支援するのは、全国初の取り組みとなった。所属弁護士による法的支援の他、必要に応じて精神科医やソーシャルワーカーへの紹介もする。同センターの遠藤凉一弁護士は強調する。
「犯罪加害者家族は、犯罪被害者とその家族と同じ状況に置かれている」
犯罪に巻き込まれた被害者とその家族は、精神的ダメージだけでなく、社会からの差別、偏見、一家の大黒柱を失うなどして経済的苦境に陥るケースが少なくない。
こうした状況に対する支援を目的に05年、犯罪被害者の権利を認めた「犯罪被害者等基本法」が施行された。犯罪被害者支援に公費が投入され、最近では一定の範囲内で精神科医によるカウンセリングや治療を公費で受けられるようになったが、支援は未だ道半ばの状況にあるという。
「犯罪加害者家族はそれと似た状況に陥ることがあります。例えば、父親が交通事故で人を死亡させネット上に父親の名前が出ると、子どもや家族は、学校や近隣において犯罪者の家族としての偏見や差別を受け、子どもがリストカットを繰り返すような事案も発生している。犯罪加害者家族は公的な、あるいは社会的な支援や援助を必要とするマイノリティーに属する人たちなのです」(遠藤弁護士)
■支援に批判的な声持つ人も 自らが当事者になる恐れ
だが、加害者家族への支援に対しては批判の声もある。家族を奪われ傷つけられ、絶望のどん底にいる被害者の苦しみを思い、加害者家族の支援に否定的な意見を持つ人は少なくない。この点について阿部さんは、二つの観点から加害者家族の支援が必要と説く。
「まず人権です。被害者と加害者の人権は法律で守られています。しかし、人権が守られず、支援からこぼれ社会的制裁によって苦しめられているのが加害者家族です」
次に「再犯防止のために加害者家族を守る必要がある」と語る。
「家族は加害者更生の支えとなる重要なファクターです。そのファクターを、誹謗中傷や嫌がらせで自殺に追いやったり、日常生活が困難になるほど追い詰めたりすれば、加害者が戻る場所がなくなり更生を妨げることになります。被害者に対する損害賠償の責任を果たすことも難しくなります。家族への制裁にためらいがない社会は、健全とは言えません」
では社会が変えるべきことは何か。阿部さんは、「マスコミの報道の在り方」と「長期的視点でのケア」が大切と話す。
「事件の後、マスコミは犯罪者が事件を起こしたという第一報を伝えて終わりますが、その後、たとえ事件が不起訴や無罪になったとしても人々の記憶には報道の事実だけが残ります。『推定無罪』の原則に基づき、有罪判決が下された段階で実名報道するべきです。そして長期的視点に立ち、加害者家族のプライバシーに配慮した加害者家族の相談窓口や支援組織を徐々に増やしていくことが重要です」
誰もが加害者家族になる可能性を抱えている。生きづらさに苦しむ加害者家族への支援もあって初めて、成熟した健全な社会になる。(編集部・野村昌二)
※AERA 2020年12月7日号