私たちの体内に存在する30億もの塩基対からなる遺伝子情報。それらは、顔や体形など見た目で認識しやすい部分のほかにも、好き嫌いや外向性、勤勉性などのパーソナリティー、勉強の向き・不向き、学力など、様々な側面に遺伝の影響があらわれるといわれています。では、生まれ持った遺伝子を最大限に伸ばす環境はどのように見つければいいのでしょうか。行動遺伝学者であり、教育心理学者の安藤寿康先生に聞きました。 ※前編〈算数・数学が得意な子は、遺伝なのか? 親が与えた環境はどの程度影響するのか、行動遺伝学者が解説〉から続く
【データ】学力が高い子の家庭がやっている生活習慣とは?学力と親が与える教育環境、遺伝の影響は
――親が与える教育環境は、どのくらい学力に影響するものですか?
子育てのしかたが、学業成績にどのくらい影響するかということはよく聞かれる質問です。この答えについては、発達心理学や教育社会学、教育経済学の研究者たちもさまざまな成果を出していて、例えば親が子どもの自律性を尊重すること、しつけに厳しすぎないこと、読み聞かせをしてあげることなどが、子どもの学業成績と関係しているという結果を報告しています。しかし、そこに「遺伝」の影響がどれくらいあるのかということは、これまで調べられていませんでした。そもそも「遺伝」に触れると優生学になるという懸念から、遺伝に関心を示そうとすらしてこなかったのです。
しかしもし、親の勤勉性や「本が好き」などの傾向に遺伝の影響があれば、その遺伝子を受け継ぐ子どもは本をたくさん読みコツコツと勉強できるような素質を持っている可能性があります。そうであればそのような学習環境を整えたほうが、成績が上がるのかもしれません。しかし仮に算数が好きな遺伝的要因を持っていても、本能のように生まれつきかけ算や連立方程式を解けるわけではなく、それを学ぶ環境に置かれて初めて、脳の中にそれを理解し問題を解くための何らかの変化が起きて、少しずつ成績を伸ばしていくものです。「遺伝」について考えれば考えるほど、「学ぶ環境」は気になるものですよね。
行動遺伝学をふまえると、原則として教育はもともとある遺伝的素質を開花させるものであり、言い換えれば遺伝的素質にないものを教育で植え付けることはできないと言えます。しかしそうはいっても私たちはじめ行動遺伝学の研究からは遺伝的素質いかんにかかわらず、文化的環境を与えること、秩序ある日常生活を送らせるなど、親が与える環境によっても学力を高める可能性は示されています。ただしその影響力は、遺伝要因が50%に対し、5%程度にすぎません。
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