降雪をついて築地橋にやって来た9系統浜町中ノ橋行きの都電。この年の師走、9系統は運転区間を渋谷駅前~新佃島に変更したため、築地橋から姿を消している。築地二丁目~新富町(撮影/諸河久:1967年2月11日)
降雪をついて築地橋にやって来た9系統浜町中ノ橋行きの都電。この年の師走、9系統は運転区間を渋谷駅前~新佃島に変更したため、築地橋から姿を消している。築地二丁目~新富町(撮影/諸河久:1967年2月11日)

 1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は三島文学の舞台になった「築地橋」を巡る都電を回顧しよう。

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 昭和の文豪「三島由紀夫」が1956年に上梓した「橋づくし」には、都電が走る築地橋が登場する。今回は三島文学に描かれた築地橋の都電と、半世紀前の築地、新富町界隈の風情を回顧した。

■「橋づくし」の舞台となった築地橋を渡る都電

 三島由紀夫は短編小説「橋づくし」で、東京の下町を流れる築地川に架かる六つの橋を小説の舞台に設定している。「陰暦八月十五日、名月の夜に無言で七つの橋を渡ると願い事が叶えられる」という筋立てで、四人の女性が、一橋で二回渡れる三叉(みつまた)になった三吉橋を皮切りに、築地橋、入船橋、暁橋、堺橋、備前橋を渡るが、いろいろの経緯が生じて、主人公のお供の女中だけが無事に渡り終える、というストーリーだ。

 二番目の築地橋を渡るくだりには「川ぞひに南下して、四人は築地から桜橋へゆく都電通りに出た。もちろん終電車はとうの昔に去って、昼のあひだはまだ初秋の日光に灼ける線路が、白く涼しげに二条を伸ばしてゐた。(原文ママ)」と、都電の軌道が登場する。

 冒頭の写真は築地川に架かる築地橋を渡る9系統浜町中ノ橋行きの都電。未明からの雪が降りしきる中のフォトジェニックな一コマだ。画面右端の鉄筋コンクリートの建物が1930年に竣工した中央区役所庁舎で、当初は京橋区役所だった。左隣が日新電化の木造社屋、電車通りに面した角地が雪印牛乳中央販売所で、「橋づくし」が執筆された時代には巴屋蕎麦店が所在した。都電の左奥の築地二丁目停留所辺りには、続行する36系統錦糸町駅前行きと築地行きの都電も写っている。

 ちなみに、築地橋は1904年に開業時の旧橋が1925年に架け替えられている。開業当初、築地方の停留所名称は築地橋で、大正期に築地二丁目に移設改称されている。

都電廃止から12年を経た築地橋を渡る錦11系統錦糸町駅前行きの都バス。築地橋は1967年の改築工事で姿を変えていた。(撮影/諸河久:1983年1月13日)
都電廃止から12年を経た築地橋を渡る錦11系統錦糸町駅前行きの都バス。築地橋は1967年の改築工事で姿を変えていた。(撮影/諸河久:1983年1月13日)
高層マンションが佇立する築地橋の近景。現在は錦11系統の都バスと中央区コミュニティ江戸バスが、全長35.5mの築地橋を渡っている。(撮影/諸河久:2021年1月21日)
高層マンションが佇立する築地橋の近景。現在は錦11系統の都バスと中央区コミュニティ江戸バスが、全長35.5mの築地橋を渡っている。(撮影/諸河久:2021年1月21日)

 次が1983年に定点撮影した一コマだ。築地川を自動車専用道路に改築する工事が進捗し、築地橋が改築されたのは1967年だった。この結果、趣のあった石造りの橋柱は廃棄され、無味乾燥な橋名板を冠した石柱が設置された。背景の中央区役所庁舎も1969年に改築され、日新電化の社屋も宝幸水産のビルに建て替わっている。都電の後継である錦11系統錦糸町駅前行き都バスのブルーとアイボリー塗装が懐かしい

 先日撮影したカットが築地橋の近景だ。中央区役所庁舎は大規模改修工事を施してリニューアルされたが、築50年を経て建て替えを検討しているようだ。その左側の宝幸水産ビルや角地の牛乳販売所は霧散して、跡地には14階建てのプライム メゾン ギンザ イースト(旧レジデンシア 銀座 イースト)賃貸マンションが佇立している。

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諸河久

諸河久

諸河 久(もろかわ・ひさし)/1947年生まれ。東京都出身。カメラマン。日本大学経済学部、東京写真専門学院(現・東京ビジュアルアーツ)卒業。鉄道雑誌のスタッフを経てフリーカメラマンに。「諸河 久フォト・オフィス」を主宰。公益社団法人「日本写真家協会」会員、「桜門鉄遊会」代表幹事。著書に「オリエント・エクスプレス」(保育社)、「都電の消えた街」(大正出版)「モノクロームの東京都電」(イカロス出版)など。「AERA dot.」での連載のなかから筆者が厳選して1冊にまとめた書籍路面電車がみつめた50年 写真で振り返る東京風情(天夢人)が絶賛発売中。

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