フランシス・フクヤマ(Fukuyama, Francis)/1952年、米イリノイ州出身。政治学者。ランド研究所や米国務省などを経てスタンフォード大学シニア・フェロー兼特別招聘教授。ベルリンの壁崩壊直前に発表された論文「歴史の終わり」で注目を浴びた(撮影/大野和基)
フランシス・フクヤマ(Fukuyama, Francis)/1952年、米イリノイ州出身。政治学者。ランド研究所や米国務省などを経てスタンフォード大学シニア・フェロー兼特別招聘教授。ベルリンの壁崩壊直前に発表された論文「歴史の終わり」で注目を浴びた(撮影/大野和基)

 30年前、著書『歴史の終わり』で安定的な政治体制のあり方を論じた、政治学者のフランシス・フクヤマ氏。最新刊『リベラリズムへの不満』では、リベラリズムに批判的な声を分析している。フクヤマ氏が、世界に急激に広がる反リベラルについて語った。AERA 2023年5月29日号の記事を紹介する。

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 近著『リベラリズムへの不満』を執筆した動機は、今あらゆる国で「寛容」が損なわれているのを目の当たりにしたことです。多くの国でリベラリズムが左派からも右派からも攻撃されています。その中で重要なトレンドとなっているのが、ナショナリズムとポピュリズムの台頭です。この二つの要素は確立された宗教や文化にとっては大きな脅威になります。とりわけインドではナショナリズムが顕著です。

 インドはガンジーとネールによって建国され、宗教的にも言語的にも多様性に富んだ国です。しかしながら現在のインド与党は宗教的に団結し、ヒンドゥー教のナショナリストの国に変えようとしています。これはまさに“formula for disaster”(最悪の事態になる公式)であって“formula for violence”(必ず暴力が起きる)の脅威となります。

 ポピュリズムが広まった要因は、グローバリゼーションの結果、格差が拡大したことでしょう。多くの労働者階級の仕事が消えていく中で、エリート層はそんなことなど一向に気にかけていないように彼らは感じた。社会的・文化的な面で言えば、保守的な人たちにとってLGBTへの理解は容易には受け入れられないものです。経済成長もできず、社会的・文化的に従来とは異なる規範が拡大し続けていることが積もり積もって、それを打破してくれるかのようにふるまうポピュリストの急激な台頭を招いたのです。

 その最たる象徴の一人であるドナルド・トランプは、熱狂的な支持を受けながらも、大統領選の結果を受け入れず、嘘のストーリーを流し続けるという形でアメリカの民主主義を大きく傷つけ、脅威となりました。

■最大の政治的挑戦は

 私が本の中で主張していることは、反リベラルの声の多くが、リベラリズムに対する歪んだ理解からきていることです。

 その一つが、経済政策におけるいわゆるネオリベラリズム(新自由主義)です。80年代にレーガン大統領とサッチャー首相の下で拡大したイデオロギーで、自由競争を持ち込み、国家の役割は規制緩和や民営化によって縮小された。その結果、格差が生まれました。

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