エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

【この記事の写真をもっと見る】

*  *  *

 AERAの創刊時、私は15歳。毎朝満員電車の中で中吊り広告を読んでいました。まだスマホもガラケーもなかった時代です。当時の私は、自分が50歳になることも、家電店でお掃除ロボットが買える時代が来ることも全く想像できませんでした。

 今から35年後、生きていれば私は86歳。現在の母と同じ年です。その頃にはきっと「かつてChatGPTが世に出た時には、人類はAIに滅ぼされる!と世界中が戦慄したものだ」と懐かしく語られているはずです。AIは20世紀の化石燃料のように、人類にとってそれなしでは生活できない存在になっていることでしょう。すでにそうですが。

 かつて人類が原子力を扱う知恵を手に入れた時、それが人の暮らしを豊かにするエネルギーを生み出すと同時に、恐ろしい大量殺戮(さつりく)にも用いられるであろうことは予見されていたはずです。でも一度手にしてしまったものは手放せないのです。今私たちはもう、そこに立ってしまいました。

たまに家族の元へ戻ってインド洋を眺めると、生きていられる時間の短さと尊さを感じます
たまに家族の元へ戻ってインド洋を眺めると、生きていられる時間の短さと尊さを感じます

 35年後には今の私ぐらいの年齢になっている息子たちに、最近よく話しています。当たり前だけど、AIに誰が何のために何を学ばせるのか、それをどう用いるのかが大切だよね。つまり人間はどのような生き物でありたいのかを考えること。数千年も前の先哲が取り組んだ「私は何者か、なぜ生きるのか」という問いに戻っていくということじゃないかな。そして、AIと決定的に違うのは、人は死ぬということ。思うようにならない、この世にたった一つの生身に閉じ込められて限られた時間を生きる君が、この世界をどのように体験するのか。

 この世には、誰にも語られずデータ化されないままの数千世代にもわたる生の連鎖が集積しています。その中を今も私たちは生きているのですね。多分見ることのない35年後の未来が、どうか豊かで平穏でありますように。

◎小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。寄付サイト「ひとりじゃないよPJ」呼びかけ人。

AERA 2023年5月29日号

著者プロフィールを見る
小島慶子

小島慶子

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

小島慶子の記事一覧はこちら