村上春樹さんの6年ぶりの長編小説『街とその不確かな壁』が4月13日に出版される。待ちきれない人も多いだろう。三代目 J SOUL BROTHERSリーダーの小林直己さんも、「楽しみ」だという。小林さんが村上作品の魅力を語った。AERA 2023年4月17日号の記事を紹介する。

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 村上春樹さんの作品で思い出深いものは、高校時代に学校の図書館で見つけた『ねじまき鳥クロニクル』です。確かその前に読んだ『スプートニクの恋人』が面白く、他の作品も読みたくなって手に取りました。読み始めたらどんどん物語にのめり込んでしまい、休憩時間だけでは足りずに時間を忘れて読むほどハマりましたね。冒険譚(たん)でありつつ、ねじまき鳥という存在を提示しながら作品には登場しない描き方が、当時すごく新鮮でした。

 長編小説は他にもたくさん読みましたが、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』も好きです。あとはエッセーの『ポートレイト・イン・ジャズ』も良かったです。文章の魅力、構成の緻密(ちみつ)さ、巧みさに加え、井戸であったり、ウイスキーであったり、ジャズの音楽だったりと、村上作品に登場するモチーフには「雰囲気」があり、思春期の自分にとって強い刺激がありました。

 今考えると、高校生で村上春樹さんの作品に出合ったことがのめり込む大きな要素だったと思います。家族という小さな世界から少し飛び出し、他者との関わりが増えることで、自分のアイデンティティーはどこにあるのだろうか、自分の居場所はどこなのだろうかなど、みんな悩み始める時期だと思います。まさに高校時代、思春期の自分がそうでした。音楽をやりたいと思って高校2年生のときに学校に行かなくなり、でも何ができるわけでもなくまた学校に戻ったりと、不安定な気持ちでした。

 そんな時代に抱えていたもやもやして言葉にならない気持ちが、村上さんの作品には書かれているようで、どこか救われました。人生の道しるべがないように感じていたところを、物語を通して一つの考え方や思考を提案してもらった気持ちになったんだと思います。

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