AERA2023年2月27日号より
AERA2023年2月27日号より

 植田新総裁の中道的なイメージを象徴するようなエピソードがある。90年代初頭に繰り広げられた「岩田・翁論争」の裁定役を担ったというものだ。

 少々専門的な話なので簡略化するが、上智大学の岩田規久男教授(当時)が日銀の金融政策(公定歩合の操作)は有効ではないと批判。そのうえで、持論(日銀による手形、政府短期債券、国債などの売買によるコントロール)を主張したところ、日銀の翁邦雄調査統計局企画調査課長(当時)が真っ向から反論し、両者が一歩も譲らなかった。

■物価目標未達の理由

 すると東京大学の助教授だった植田新総裁は「岩田氏の政策は現実性が低く、現行政策のほうが有効」と評価。日銀に対しても「貨幣の供給量を注視して責任を負うべきとの岩田教授の主張に傾聴すべき」と進言した。

 なお、岩田氏は13~18年、副総裁として黒田総裁をサポートしたリフレ派経済学の第一人者だ。リフレはリフレーションの略で、デフレ(物価下落)からは脱したものの、本格的なインフレ(物価上昇)は発生していない状態。リフレ派は、金融政策によってインフレにならない程度の物価上昇を誘発できると説く。

 黒田総裁による「異次元の金融緩和」でも、2%の物価上昇を目標にリフレ策が進められた。ただ、足元で顕著となっている物価上昇は、金融政策がもたらしたものとは言いがたい。第一生命経済研究所の永濱利廣首席エコノミストは指摘する。

「2%の物価上昇については、金融政策とは違う方向からブレーキを掛けられて未達となった格好。具体的に言えば、2度に及ぶ消費増税が性急で、税率の引き上げ幅も大きく、個人消費の回復を腰折れさせた。基本的に金融政策と財政政策とを合わせたマクロ経済の安定化策では、いかに雇用を増やすかが鍵。アベノミクス以降、500万人以上もの雇用が創出されており、ここまで成果を上げた政策は過去に例を見ません。その意味でも黒田総裁の功績は大きい」

 植田新総裁の話に戻ろう。その人物像について、「バランス感覚のある人」との評価もよく耳にする。永濱氏はこう述べる。

■ゼロ金利解除に反対

「いい意味でも悪い意味でもバランス感覚のある人物だと感じています。実は安倍政権下で最初の消費増税の実施前、その是非に関する『集中点検会合』が開催されました。1回につき10人程度の有識者を集めたヒアリング調査で、私が出席した会合に植田氏も招かれていました。各出席者は増税の賛否について明確に意思表明を行ったのですが、植田氏だけは賛成でも反対でもない姿勢を示したのです」

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