地下鉄の車内でアクロバットを披露する若者たち(写真/筆者提供)
地下鉄の車内でアクロバットを披露する若者たち(写真/筆者提供)

 地下鉄は、改札が無人なのをいいことに無賃乗車は数知れず。車内では宴会のような飲食、スマホでの大声での会話、「爆音」での動画視聴、揚げ句の果てはつり革でアクロバットする集団もいる。なんというかとにかく「自由」なのだ。「雑さと自由さ」が生む混沌(こんとん)に毎日驚かされる。

 ニューヨークの「雑さと自由さ」を悪く書いたが、いいところもたくさんある。人々は「自由」に意見を表明して良いし、相手の意思や行動を尊重してくれる。バスで「その服素敵ね」と見知らぬおばあさんからウィンクされる、うれしい体験もある。街中ではいろいろなデモが毎日のように行われていて、共感した人がその場で次々に参加する雰囲気も日本とは違ってやわらかい。なにかを表現することに敬意が払われているのだ。そして、表現力を培う文化や芸術が重視されている。だからニューヨーク市民は、メトロポリタン美術館やMOMAなどの美術館や博物館、動物園が無料。収支だけ考えると無料はやりすぎに感じるが、「雑で自由な」ニューヨークならではの文化政策ともいえる。東京にも京都にもたくさん美術館があるが、こんな政策は本当にうらやましい。

 うらやましいと言えば、家事がいい意味で「雑」なこともそうだ。例えば掃除。土足なので床の汚れが気にならない。日本だと「髪の毛一本落ちても地獄」と感じるが、ここでは掃除機は週に1回で十分だ。キッチン掃除も楽だ。日本の会社が、ガスコンロの五徳が毎日美しいというCMをしていたことがあるが「五徳なんか毎日掃除したくない」と感じていた。米国の五徳は全体が鉄で覆われて汚れは目につかない。最高だ。洗濯は、外に干せないため乾燥機を使うが、「干す、取り込む、たたむ」が不要で超楽に。バスルーム(トイレと洗面)が二つあるのもいい。うちは女性、男性に分けたが、男性陣のトイレの使い方に文句を言う必要がなくなり、ペーパーを替える「名もなき家事」をどちらが多くしたかの不満も無くなった。

かな・ともこ/1971年、東京生まれ。ドキュメンタリー映画監督。19歳で是枝裕和のドキュメンタリーに出演し映像の世界へ。NHKを経て独立。2007年、『川べりのふたり』がサンダンスNHK国際映像作家賞。ライフワークは環境問題。趣味はダイビングと歌舞伎鑑賞。フルブライト奨学金を得て、22年1月からニューヨークのコロンビア大学の客員研究員として留学中。1児の母(写真/筆者提供)
かな・ともこ/1971年、東京生まれ。ドキュメンタリー映画監督。19歳で是枝裕和のドキュメンタリーに出演し映像の世界へ。NHKを経て独立。2007年、『川べりのふたり』がサンダンスNHK国際映像作家賞。ライフワークは環境問題。趣味はダイビングと歌舞伎鑑賞。フルブライト奨学金を得て、22年1月からニューヨークのコロンビア大学の客員研究員として留学中。1児の母(写真/筆者提供)

 食事も、スーパーのビュッフェスタイルのデリで買えば、温かい煮込み料理から副菜まで立派な夕食が一瞬でできる。夕食は大きなお皿一枚に、主菜も副菜も乗せるから、洗う皿の数も激減。お弁当もサンドイッチと果物で十分なので、キャラ弁を作るために早起きする必要もない。日本で感じる「完璧な家事ができない自分」という負い目を感じなくなった。「雑さ」にブラボーだ!

 実際、渡米後、我が家の家事をめぐる夫婦げんかは激減した。丁寧さは日本の美徳だけど、求める家事のレベルが高過ぎて日本の女性たちは疲労しているし、家事ができない(または、やらない)夫は責められている。家庭円満につながる「家事の雑さ」は帰国してもできる範囲でまねしたい。名づけて「ニューヨークスタイル“雑家事”」。空いた時間に夫婦で美術館デートができたら理想的だ。

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