首都キエフ周辺では、脱出しようとする車で激しい渋滞が発生した/2月24日(撮影・Kaoru Ng)
首都キエフ周辺では、脱出しようとする車で激しい渋滞が発生した/2月24日(撮影・Kaoru Ng)

 ロシア軍がウクライナ各地で攻撃を始めた。民間人を含めた多数の死者が出ているという。ウクライナの住民たちは何を思うのか。長く続く紛争が複雑な感情を生んでいる。

【現地写真】ウクライナの今…カメラマンが撮影した混乱するキエフ

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 大軍による蹂躙が始まった。

 ロシアのプーチン大統領は2月21日、ウクライナ東部で「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」を自称する親ロシア派勢力の「独立」を承認すると表明し、平和維持を名目にロシア軍を派兵。そして、ロシア軍は24日にウクライナ各地へ攻撃を開始した。

 これまでも、ロシア軍が同勢力を支援しているのは公然の秘密だった。ロシアは否定するが、正規軍が越境して活動していたとされる。そして今回、国連憲章も国際秩序も無視した侵略戦争へと踏み切った。

 一方で、当事者たるウクライナ住民の声は一様ではない。ドネツク、ルガンスクはもともと、ロシア語を話し、ロシア正教を信仰する住民が多い地域だ。

数日前とは一変した日常に途方に暮れるキエフ住民たちも多い/2月24日(撮影・Kaoru Ng)
数日前とは一変した日常に途方に暮れるキエフ住民たちも多い/2月24日(撮影・Kaoru Ng)

理想は「ロシア編入」

「長く続いた内戦ももうすぐ終わるでしょう」

 ドネツク在住の女性(57)はロシアの派兵をむしろ歓迎する。「町はお祭り騒ぎ」と言うほどで、広場に集い、花火を打ち上げながら、人々は独立承認を祝福しているという。「これは戦争ではなく、あくまでロシアの軍事行動の一環。他国から提供されたウクライナ軍の武器を没収したら、ロシア軍は撤退するだろう」との考えだ。

 この女性の夫(60)は「我々にとっての理想は、ロシアに編入することだ」と言い切る。

「もとから親ロシア派の人間もいますが、わたしを含め多くのドネツク市民はウクライナ人であることに誇りと希望を持っていました。しかし、自国の戦闘機が同胞であるはずの我々に銃弾を浴びせ、戦車が町を壊すのを見たとき、その誇りと希望は打ち砕かれました」

 この夫婦はかつて、激しさを増す争いに恐怖を感じ、親族を頼って14年7月に首都キエフへ逃れた。しかしドネツク出身者という理由から分離主義者だとみなされ、職も得られず、さらには親族も批判の目にさらされるようになってやむなくドネツクへ戻った。

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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大井美紗子

大井美紗子

大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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「ロシアと共に生きるしかない…」