中倉宏美がLPSA代表理事に選ばれた際にはみんな驚いた。でも島井咲緒里は当然だと思った。「宏美さんは最初から代表の器です! やっぱ見抜いたうちも見る目あったな(笑)」(photo 写真部・松永卓也)
中倉宏美がLPSA代表理事に選ばれた際にはみんな驚いた。でも島井咲緒里は当然だと思った。「宏美さんは最初から代表の器です! やっぱ見抜いたうちも見る目あったな(笑)」(photo 写真部・松永卓也)

 AERAの将棋連載「棋承転結」では、当代を代表する人気棋士らが月替わりで登場します。毎回一つのテーマについて語ってもらい、棋士たちの発想の秘密や思考法のヒントを探ります。渡辺明名人、森内俊之九段(十八世名人資格者)、「初代女流名人」の蛸島彰子女流六段らに続く12人目は、「日本女子プロ将棋協会代表理事」の中倉宏美女流二六段です。発売中のAERA 2022年3月7日号に掲載したインタビューのテーマは「影響を受けた人」。

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 2022年2月22日。日本女子プロ将棋協会(LPSA)の定時総会が開かれ、中倉宏美女流二段が代表理事に再任された。


「ひろみんは優秀。まじ優秀」(上川香織女流二段、47)と仲間内からの信望も厚い。

「理事は1期2年。今度で5期目、9年目に入りました」

 姉は中倉彰子女流二段(44)。将棋界初の姉妹女流棋士だ。

「姉からは『頼りがいのないところがいいんじゃない?』と言われてます(笑)。もともと私は全然、完璧ではないですし、代表理事としての器でもないんです。それでも皆さんに支えられて、なんとかやってこられました。支えてあげないと危ういと感じられたのかもしれません」

 ここに至るまでは実に長い道のりだった。14年。LPSAは問題が山積し、危機的な状況にあった。

「当時は経済的にも苦しかったんです。日本将棋連盟との関係は悪化し、内部でも対立して、みんな疲弊して居場所がない感じでした。でも、このまま終わるわけにもいかない。LPSAの未来を信じて、有望な新人の渡部愛ちゃん(現女流三段、28)も来てくれていましたし」

 宏美は、島井咲緒里女流二段(41)と連れ立って、蛸島彰子女流六段(75)宅を訪れた。

「将棋界はやっぱり将棋が強い人、タイトル経験者が代表になるという伝統があります。だから初代女流名人の蛸島さんに代表理事を引き受けてもらうしかないと思っていました。そうじゃなきゃLPSAはなくなってしまう。それぐらいの悲壮感でお願いに行ったんです。でも蛸島さんは若返っていくべきという考え方でした。『あなたがなったらいいんじゃない?』って突然言われて」

なかくら・ひろみ/1979年1月26日生まれ、43歳。1995年、16歳でプロ入り。姉は中倉彰子女流二段で、将棋界初の姉妹女流棋士。2009年、女流二段昇段。14年、LPSA代表理事に就任(photo 写真部・松永卓也)
なかくら・ひろみ/1979年1月26日生まれ、43歳。1995年、16歳でプロ入り。姉は中倉彰子女流二段で、将棋界初の姉妹女流棋士。2009年、女流二段昇段。14年、LPSA代表理事に就任(photo 写真部・松永卓也)

 宏美は長く女流棋士として活動してきた。しかしタイトル戦登場などの実績はない。思ってもみなかった蛸島の提案に驚いていると……。

「そしたら一緒に蛸島さんを説得するはずだった島井さんも、急にクルッて私のほうを向いて『実は私も宏美さんがいいと思ってました』って言うんです。『ええっ?』ってなりました(笑)。逆に蛸島さんと島井さんに『宏美さんしかいない』と説得されて……。そのとき私は、自分は代表理事なんていう格じゃないと思ってました」

 宏美は説得に押し切られ、代表理事に選ばれることになった。島井は理事となって、そばで宏美を支え続けた。宏美たちは大変な苦労を重ねた末、LPSAは次第に危機的な状況を脱していく。将棋を指す女性をサポートするという理想も追求し続けられた。

(構成/ライター・松本博文)

※発売中のAERA2022年3月7日号では、中倉宏美女流二段が仲間への思いも語っています。

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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