
■“姿勢”は自分で選べる
その後も二転三転する事態は、スリルとともに恐ろしい現実を突きつける。そして事件から6年。いまだ誰も罪に問われていないと、監督は憤る。
「被害者への裁判結果も出ておらず、賠償金も一切払われていません。希釈を行った製薬会社も誰一人、罪に問われていない。真実が明るみに出てもまだまだ足りない。社会はそれだけでは前進しないということです」
だが、市民に変化はあった。
「そこで何が起きたのかを、告発者の言葉とジャーナリズムを通して人々が知ることができたことは進歩ですね。特に若い人たちに、権力の嘘や行動を受容しない気風ができた。声をあげる人は増えたと感じています」
権力者が私益のために嘘をつき、国民が苦しめられる。まるで我がことのように感じる人々は世界中にいるはずだ。一市民に何ができるだろうか。
「大きな変化はすぐには起こらない。でも、今回の映画で私が発見したのは『人間はどういう姿勢を取るかを自分で決められる』ということです。内部告発者には女性が多かったですが、彼女たちは腐敗したシステムの中で仕事をしてきた。そしてあるとき『これを是正せねば』という姿勢を自ら選んだのです」
自らがどういう姿勢を取るか。どういう世界に生きたいのか。それを考えることこそが一歩になる、と監督はいう。
「そうすれば同じように考える仲間が必ず現れる。大事なのは立ち上がるための恐怖感を自分で乗り越えることなのです」
(フリーランス記者・中村千晶)
※AERA 2021年10月11日号