浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授

 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

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 5月12日、デジタル改革関連法が参院本会議で可決、成立した。菅義偉首相が行政デジタル化の推進を打ち出したのは、2020年9月の自民党総裁選に向けてのことだった。その後の政権発足から、わずか8カ月弱の超高速で立法化に至った。

 このスピード感が恐ろしい。この法律には、これから我々がどのような経済社会に身を置くことになるのか、という問題に関わる重大事項がてんこ盛りになっている。十二分に時間をかけて審議が行われるべきだった。そのプロセスを通じて、国民に問題の所在がしっかり伝わらなければいけなかった。スピード審議は、それを避けるための工作だった。

 この法律の悪質さを示すキーワードが五つある。集権、集約、監視、漏洩(ろうえい)、そして癒着だ。

 集権の軸となるのが、9月に発足予定のデジタル庁だ。「縦割り打破」の司令塔として、行政の四方八方を睥睨(へいげい)する位置づけが付与された。既存省庁に対する勧告権も持つことになる。

 この体制の下で、各省庁と地方自治体の情報システムが全て共通仕様化されていく。個人情報保護に関する規定も一元化が進む。これまでは各自治体が独自の個人情報保護体制を設けていた。だが、デジタル庁の管理下で、今後は国による統一的な規制への切り替えが進む。分権から集権へ。この流れが、あの手この手で作り出されていく。

 集権は集約をもたらす。我々の個人情報が、国に都合よく定められた管理体制の下で、デジタル庁の手元に集約されていく。情報が集約されれば、監視が容易になる。デジタル庁の睥睨する目は、我々の生活にも注がれることになる。

 集約された情報は、どのような形で、どのような目的でどのような第三者に漏洩していくかわからない。漏洩元と漏洩先との間に、どのような癒着関係が生まれるかわからない。そもそも、デジタル庁そのものが癒着の温床となりかねない。なぜなら、デジタル庁には、民間からIT技術者を数多く迎え入れる予定だ。そこに、どのような利益誘導が発生するか、計り知れない。

 デジタル化が生み出す息苦しい世の中に、窒息死させられてはたまらない。身構えていこう。

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2021年5月24日号

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浜矩子

浜矩子

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

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