石井健(いしい・けん)/1968年生まれ。医学博士。専門はワクチン科学。国内外でワクチンの研究に携わり、2019年から現職(本人提供)
石井健(いしい・けん)/1968年生まれ。医学博士。専門はワクチン科学。国内外でワクチンの研究に携わり、2019年から現職(本人提供)

 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。ワクチン接種も遅れている。そんな状況から、東京五輪・パラリンピックの開催中止を求める声が強まっている。ワクチンの専門家はどう見るのか。AERA 2021年5月24日号で、石井健・東京大学医科学研究所教授が語る。

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 ワクチンの接種事業は、感染症における公衆衛生上もっとも重要なプロセスです。五輪開催のツールになってはいけません。しかし今、ワクチン接種と五輪開催をリンクさせ、ワクチンを打たないと五輪が開催されないというロジックが働いています。そうなると、科学的根拠に基づいて進めていくべき議論をゆがめかねません。

 今ワクチンを打つべきは、重症化リスクの高い65歳以上の高齢者や基礎疾患を抱えた人たち。そうした人たちを優先して接種し、少しでも感染の流行を抑えられる「集団免疫」をつける方向に持っていくのがワクチン接種の観点から正しいと言えます。医療体制の維持のために、医療従事者やその関係者にワクチンを打つことも大事です。

 国際オリンピック委員会は先日、東京五輪・パラリンピックに参加する各国・地域の選手団にワクチンを無償提供すると発表しました。ワクチンを打ったからといって誰かが責められることではありません。しかし、選手にだけワクチンを打つことはワクチン接種の観点から言えば、理にかなっていません。もしワクチンを打っていないコーチや大会関係者、ボランティアの方など選手の周りにいる人たちが感染すれば、大会を正常に動かすことが難しくなります。

 大会を世界中の人たちに歓迎してもらうにはどうすればいいか。そもそもワクチンがあり余っていれば、問題はありませんでした。しかし逆に、世界中でワクチンが足りない中、アメリカなど裕福な国が必要以上のワクチンを確保しています。こうした行動は自国優先の「ワクチン・ナショナリズム」と批判されていますが、日本もその一つ。人口よりはるかに多い約5億6千万回分のワクチンを、アメリカやイギリスなどから供給を受けることになっています。

 世界保健機関は、世界の全ての医療従事者と高齢者がワクチン接種を受けられるよう加盟国に協力を求めていますが、日本もグローバルヘルスの観点から貢献する姿を見せることが大切なのではないでしょうか。

 個人的には大会をぜひ見たいですし、開催してほしい。そのためには、ワクチン接種を粛々と行いながら、開催を模索するのが現実的だと思います。

(編集部・野村昌二)

AERA 2021年5月24日号

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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