「何も変わらないんだけどなぁ」震災10年後の被災者の思いと通い続けた記者の視点 (1/5) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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「何も変わらないんだけどなぁ」震災10年後の被災者の思いと通い続けた記者の視点

川口穣AERA#東日本大震災
3月11日、地震発生時刻に合わせた黙とうの後、バルーンリリースが行われた。約700個の風船が空を舞った(宮城県石巻市南浜)(撮影/編集部・川口穣)

3月11日、地震発生時刻に合わせた黙とうの後、バルーンリリースが行われた。約700個の風船が空を舞った(宮城県石巻市南浜)(撮影/編集部・川口穣)

3月11日14時46分、黙とうする黒澤健一さん(中央)。震災当時は生まれていなかった子どもからお年寄りまで、約1千人が集まった(撮影/編集部・川口穣)

3月11日14時46分、黙とうする黒澤健一さん(中央)。震災当時は生まれていなかった子どもからお年寄りまで、約1千人が集まった(撮影/編集部・川口穣)

追悼行事が行われた「がんばろう!石巻」看板前の3月12日の様子。片付けをする実行委員のほかは、時折手を合わせに来る人がいるだけで報道陣の姿はなかった(撮影/編集部・川口穣)

追悼行事が行われた「がんばろう!石巻」看板前の3月12日の様子。片付けをする実行委員のほかは、時折手を合わせに来る人がいるだけで報道陣の姿はなかった(撮影/編集部・川口穣)

AERA 2021年4月5日号より

AERA 2021年4月5日号より

 東日本大震災から10年経った今年の3月11日、被災地にはこれまで以上に多くの報道陣が訪れた。だが、被災者にとって10年は決して区切りではない。継続した支援を目指すプロジェクトも始まっている。AERA 2021年4月5日号から。

【写真】3月11日14時46分に黙とうする人々

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 地震発生時刻を知らせるサイレンが街中に鳴り響いた。3月11日、14時46分。「黙とう」の声と鐘の音に、集まった人々が静かに手を合わせる。

 宮城県石巻市、旧北上川の河口付近に位置する門脇(かどのわき)・南浜地区は、東日本大震災の「全壊地区」だ。津波とその後に起こった火災によって、この地区だけで500人余りの死者・行方不明者が出た。震災後、海に近い南浜一帯は人が住めない災害危険区域となり、国・県・市が「復興祈念公園」として整備、今年3月28日に開園する。

 この地区の一角に、「がんばろう!石巻」と大書された木製の看板がある。縦約2メートル、横約11メートル。2011年4月、自宅兼店舗を流された黒澤健一さん(50)がその跡地に作ったのが始まりだった。材料はがれきから見つけた合板。「津波に負けない、地域の人を励ましたい、そして自分たちも頑張ろう」との思いを込めた。

 16年には公園整備事業に伴い150メートルほど場所を移し、地元の中学生らと看板も新しく作り替えた。今年4月には3代目に衣替えする予定だ。

 毎年3月11日、この看板の前で黒澤さんら住民グループが主催する追悼行事が開かれる。朝から献花台が用意され、14時46分には黙とうとバルーンリリース、そして夜には、石巻で亡くなった人数と同じ約3600個の灯籠に灯をともす。今年は新型コロナ禍の影響で、例年100人ほどが訪れるボランティアを受け入れられず、灯籠の半数をLED電球に置き換えた。それでも、込める思いは変わらない。
「看板を作ったときの気持ちに、亡くなった方への追悼と次の世代への伝承の意味も乗せて追悼行事を開いています。その思いは当初から変わっていません」(黒澤さん)


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