亡くなった夫・俊夫さんの遺影を前に、インタビューに答える赤木雅子さん。「夫は、私にとってかけがえのない人でした」(撮影/編集部・野村昌二)
亡くなった夫・俊夫さんの遺影を前に、インタビューに答える赤木雅子さん。「夫は、私にとってかけがえのない人でした」(撮影/編集部・野村昌二)

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生前の赤木俊夫さんの写真(写真提供:朝日新聞社)
生前の赤木俊夫さんの写真(写真提供:朝日新聞社)

 学校法人「森友学園」を巡る財務省の公文書改ざん問題で、自死した同省近畿財務局職員・赤木俊夫さん(当時54)。妻の雅子さん(50)が、国などに損害賠償を求める訴訟を起こして1年。これまでの日々と、これからを語る。

*  *  *

――昨年3月、国と財務省元理財局長の佐川宣寿(のぶひさ)氏を訴えてから1年が経ちました。

 夫が亡くなったのは提訴する2年前の2018年3月7日でした。だから、亡くなってからの2年とそれからの1年をどうしても比べるんです。亡くなってからの2年は、ずっと財務省から重たい蓋をされていた感じで、自分で動くことも発信することもできませんでした。だけど、提訴してからこれまでの1年は、自分の言いたいことを言えるし、多くの人に応援してもらっているので、すごく楽になれました。

――俊夫さんは、大阪府豊中市にあった国有地を学校法人「森友学園」に売却した際、財務省の「決裁文書」の改ざんをさせられ、うつ病を発症し、自死されました。提訴したのは、俊夫さんの遺志を継ぐためと聞いています。

 夫は改ざんに関わった公務員としての責任を、自らに問うていました。亡くなる直前に書いた手記には、「元は、すべて、佐川(理財)局長の指示です。抵抗したとはいえ、関わった者としての責任をどう取るか、ずっと考えてきました」と書き記し、悔いを残して亡くなりました。

 亡くなる前の夫のつらかった様子を思い出すと、あのとき、そばにいて助けてあげられなかったということは常に後悔しています。だから、今からでも裁判でもう一回助けてあげたいし、夫の悔しかった思いを晴らし、夫が死に至った真実を知るためにやっています。

――裁判の焦点となっているのが、俊夫さんが生前、文書改ざんの経緯をまとめたとされる「赤木ファイル」です。

 夫が亡くなった後、直属の上司だった方が赤木ファイルの存在を2回、私に話しています。あるのは間違いないと思います。

 国はこれまでその存在すら明らかにしていませんでした。だけど、3月22日に大阪地裁で非公開であった進行協議で、国は「探索中です」と答えたんです。

 あるものを出すのなら一瞬で終わることなのに、いまだに「探索中」と言うの、と思いました。

 でも、答えがあったことは前進だと思っています。国は5月6日までにファイルに関して書面で回答するとも伝えてきました。ファイルがあるかないか、わかるはずです。


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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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