基本的に修道士は恋愛や結婚を認められず、神への信仰のみに従って生きることを求められる。30代の日本人男性の教師だった。当時からオルタナティブなものに対する興味があった東畑は、この教師の話に心をつかまれた。

「進学校でいうところの“正しい生き方”みたいなもの、つまりいい大学に行って大企業に就職することが人間にとって幸せなのだろうか、と。そういう別の声みたいなものがずっとあったんです。だから、ブラザーの話が心理学に興味を持つきっかけになった」

 実家の本棚には心理学の権威、河合隼雄の本が何冊もあった。心理学の世界では一時代を築いた人物、学ぶなら彼の所属する京都大学へ入ろうと猛勉強の末、合格する。
 大学・大学院の同級生で、現在、帝塚山大学准教授の森田健一(38)は、院生時代に金髪にしていた東畑の写真をスマホで取り出して見せ、思い出をうれしそうに語った。

「京大の先生や先輩から『人格変えろ』と怒られるぐらい、主流的なものには異議を口にするやつでした。思えば、どこにいても彼は居るのがつらいようなところがありましたね」

 京都大学で心理学を学び、同大大学院を出て博士号を得た東畑は、エリート街道を進んでもおかしくなかった。しかし、現実は職探しに悪戦苦闘。ネットで探してヒットした高給をうたった沖縄の精神科デイケア施設にカウンセラー職を得る。
 
 精神科デイケアとは、精神科での日帰りリハビリテーションのこと。統合失調症や鬱病、パーソナリティー障害等の精神的な疾患や先天的なコミュニケーション障害が理由で、労働等の社会活動に困難を感じている人が規則正しく通い、決められたプログラム──バレーボールなどのスポーツや炊事、塗り絵やコーラス等──をこなしながら、人間関係をリハビリして、社会復帰を目指す。男女数人の看護師や医療事務職らが常駐していて、炊事や事務作業、寛解途中の患者たちのケアをする。

 意気込んで沖縄に家族と移り住んだ東畑は、ワゴン車を運転して患者らの送り迎えをし、バレーボールや卓球に参加する日々をこなし始めた。

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