フリーの「天と地と」は、羽生自身が選曲した“和”のプログラム。上杉謙信の戦いの美学に、羽生自身の信念を重ねながら、ストーリーを紡いでいく。

「勝てなくなってきたり、僕が1位になることで誰かの犠牲があったりということを感じながら戦ってきて、謙信公の戦いへの価値観みたいなものに影響される部分がありました。戦いに向かっていく芯みたいなものが見えたらいいと思います」

 音源の編集には、繊細な耳の感覚を生かした。ジャンプやステップすべての動き一つ一つに、音色の持つイメージがピタリと合うように、編集を重ねた。琴や琵琶、打楽器などさまざまな音源をオリジナルの曲に乗せ、音色を重層にすることで、ジャンプの力強さや、流れるスケーティングの荘厳さが、プログラムに溶け込むようになった。

■目標を再確認できた

 ショートでは振り付けをアレンジし、フリーでは音楽編集から関わる。アスリートの領域を超えた、アーティストとしての魂が光った。

「自分で自分をプロデュースしなければならなかった」というが、これほどまでに自分を理解し、理想的なスケートへと昇華させることができたのは、羽生だからだともいえるだろう。

 また世界選手権については、複雑な心境も吐露した。

「これから僕らが戦わなきゃいけないのは、ウイルスだったり社会全体だったり。僕が見せたいスケート、表現したいものは、身体がないと何もできない。身体や周りの人を大切にして、スケートという大事なものを守れるようしっかり胸を張れる行動をしていきたいです」

 一方のチェンは、得点の高い4回転ルッツとフリップが得点源だ。全米選手権では、ショートで2本、フリーで5本の4回転に挑んだ。フリーは4回転にミスがあり、全体的に昨季よりも高さがない印象。演技直後は首をかしげる仕草もあった。

「今日は少し臆病だったかも。力をセーブしすぎたと思います」

 それでも322.28点という驚異的な得点で、5連覇を達成。ディック・バトン以来71年ぶりの偉業となった。

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