■再び軍事挑発路線

 外相就任後の20年6月には、シンガポールでの米朝首脳会談2周年にあたって談話を発表。「我々は二度と、何の代価もなしに米国の指導者に業績を宣伝する材料という風呂敷を渡さないだろう」と罵倒した。

 脱北した元党幹部は、北朝鮮の思惑について「李善権の外交手腕に期待しているわけではない。米国について強硬な路線を取るというシンボルとして使っているだけだ。米朝対話が始まれば、李容浩(リヨンホ)前外相らが復帰するだろう」と語る。

 ただ、北朝鮮内部の不満や不安は確実に高まっている模様だ。党中央委総会で、わずか1カ月前に発表した5カ年計画の目標を修正した背景には、関係部門からの「そんな目標を達成できるわけがない」といった反発や、逆に市民などからの「そんな程度の目標では生活は良くならない」という不満の噴出があったようだ。金正恩(キムジョンウン)総書記は、経済責任者を更迭し、目標を修正してみせたが、そんなことで問題が解決するとも思えない。

 バイデン政権は北朝鮮政策の見直しを進めているが、無条件での制裁緩和などありうるはずもない。行き詰まった北朝鮮が向かう道は結局、過去に繰り返してきた軍事挑発路線しかなさそうだ。中央委総会で政治局員候補に昇進した金成男(キムソンナム)党国際部長は、金正日(キムジョンイル)総書記らの中国語通訳を務めた。南北関係筋は「米韓と対決するための後見役として中国に接近する戦略を反映した人事かもしれない」と語る。

 3月初めには米韓合同軍事演習が予定されている。北朝鮮は演習を口実に、「人工衛星運搬ロケット」の発射などに踏み切る可能性もある。李氏の昇進は、その序曲として米国に投げたメッセージだろう。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

AERA 2021年3月1日号