60年代後半といえば、ベトナム戦争反対を訴えるアメリカの若者たちを中心に、ラブ&ピースやヒッピー・ムーブメントが一世を風靡していた時代。ビートルズの世界的成功でユース・カルチャーとして急速に発展していたロック音楽も、この時代にはそうしたラブ&ピースの気風を受け、さらに変化していた。ビートルズが「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を発表し、サイケデリックな演奏やスタジオ録音の技術を生かした曲で次の時代の扉を開けたのが67年。アメリカからもドアーズ、ジェファソン・エアプレインといったバンドが西海岸からデビューした。そのちょうど翌年、社会主義体制だったチェコに、志を同じくするようにザ・マタドールというバンドがレコーディングしていたのである。

 68年のチェコスロバキアといえば「プラハの春」だ。東西冷戦のさなか、もともと文化的な側面において比較的自由で柔軟な創作活動ができたチェコだったが、この変革運動以降は民主化に拍車がかかっていく。しかし、その反動で次第にソ連(当時)の軍事介入など弾圧が強まっていった。こうしたことから、プラハはもとより東ドイツ(当時)などでも活動していたザ・マタドールズのようなバンドが、西側諸国にまで伝えられることは困難になったのかもしれない。ザ・マタドールも68年の夏に解散したという。その後、90年代には再結成されているが、主要メンバーは2000年代以降に亡くなった。

 今回このザ・マタドールなど日本で初めて正式にリリースされる5作品は、《Supraphon》という当地の有名レーベルに残されたアルバムだ。当時、一体、どのようなスタジオで録音され、どのように制作が進んでいたのか。その背景がとても気になる。だが、ともあれ、半世紀を経て、こうした作品が気軽に聴けるようになったことが何より感動的だ。60年代後半のサイケデリックなロック音楽が好きな方には無条件で聴くことを勧めたい。

(文/岡村詩野)

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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