世論が概して穏健だから、選挙戦では独立志向の民進党は「統一反対」を叫び、対中融和論の国民党は「独立反対」を唱えて双方の主張は中央に収斂する。蔡総統も中国が唱える「一国両制」を排撃しつつ、独立色を薄めるように努めているようだ。

 中華民国(台湾)は71年10月の国連総会で「中華人民共和国が中国の唯一の合法的代表」との決議が行われ、国連から追放される形勢となったため脱退した。米国は72年2月、ニクソン大統領が訪中し「中国人はみな中国は一つしかなく、台湾は中国の一部と考えていることを認識した。米国政府はこの立場に対し異議を唱えない」とのコミュニケ(声明書)を発表した。それ以来、歴代大統領は台湾を国家として扱わず「台湾独立を支持しない」などの誓約をし、ビザ発行などの実務は名目上は非政府の機関が行ってきた。日本もほぼ同様だ。

 今回のオンライン会合は米、日、台湾の交流協会が共催したが、クラフト大使の発言は日本が72年、米国が79年に中国と国交を樹立して以来保ってきた台湾との微妙な距離を一気に混乱させた。

 だが台湾の人々が独立に慎重である実情を知っていれば、クラフト大使の発言に蔡総統が否定的反応を示すことは予測できたはずだ。さらに国連に台湾を加盟させるには、常任理事国の中国の同意が必要だ。加盟国の多くもトランプ政権の横暴に批判的だから、台湾の加盟を持ち出せば、米国がいかに孤立しているかが判明するだろう。喜劇的とも言えるクラフト大使の言動は、トランプ政権の人材の払底を物語っている。(軍事ジャーナリスト・田岡俊次)

AERA 2020年10月26日号