息子の名を呼ぶ度、亡き娘を「心で呼ぶ」 “レインボーベビー”授かった母親の葛藤 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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息子の名を呼ぶ度、亡き娘を「心で呼ぶ」 “レインボーベビー”授かった母親の葛藤

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深澤友紀AERA
「レインボーベビー」を授かった家族の多くが葛藤を抱えている。弱音を吐いてはいけないと思っている人も少なくなく、気持ちを吐き出せる場所が必要だ(撮影/関口達朗)

「レインボーベビー」を授かった家族の多くが葛藤を抱えている。弱音を吐いてはいけないと思っている人も少なくなく、気持ちを吐き出せる場所が必要だ(撮影/関口達朗)

 赤ちゃんの死を経験した夫婦のもとに生まれたレインボーベビー。希望の象徴として語られ、周囲からも「傷は癒えた」と思われがちだが、現実は違う。AERA 2020年10月19日号では、レインボーベビーを授かった母親たちの葛藤に迫った。

*  *  *
 赤ちゃんを授かれば、この悲しみや苦しみから解放されると信じていた。

 関東地方に住む40代の女性は不育症で流産を3回繰り返し、娘を出産した。流産を重ねるほど赤ちゃんが欲しい気持ちは強まったが、また流産するかもしれないという不安が強く、生理がくるたびにほっとする自分がいたという。妊娠後も不安で、妊婦健診も公費負担の回数では満足できずに2週間に1度は自費で診察を受けて赤ちゃんの様子を確認した。つらい妊娠期だったが、生きている我が子をこの手に抱きたい一心で耐えた。

 無事に生まれた喜びは大きかったが、出産後も苦しみは消えなかった。「お空にいる子どもたちの分まで大事に育てなきゃ」と自分を追い込み、夜泣きで寝不足が続いてイライラすると、「せっかく生まれてきてくれたのに何でこんな気持ちになっちゃうんだろう」と自己嫌悪に陥った。亡くなった子どもたちに思いをはせるたび、目の前にいる娘を見ていないことに罪悪感を抱いた。そのうち、娘を大事に思いすぎて、自分以外の誰にも娘を触らせなくなり、子育てを一人で抱え込んだ。

■虹のような希望の存在

 ある日、こうした苦しい胸の内を周囲に打ち明けたら、「(生きて生まれてきたのに)ぜいたくよ」と言われた。それ以来、弱音を吐いてはいけないと思うようになり、亡くなった子への感情に蓋をしてしまった。

「相談できる人や場所があったら、育児も、もっと違っていただろうなと思います」

 死産や流産、新生児死などで赤ちゃんが亡くなった後に授かった赤ちゃんを「レインボーベビー」と呼ぶ。雨の後に空に現れる虹のように希望の象徴であり、亡くなった子と家族をつなぐ架け橋のようなイメージを持つ人もいる。海外で生まれた造語で近年日本でもブログやSNSなどで使われるようになった。

 その言葉の響きから、レインボーベビーに恵まれれば悲しみは癒え、心も晴れたと思われがちだ。だが現実は、新しい命の誕生を喜びながらも亡くなった子の死を思うという相反する感情や罪悪感などがないまぜになって、葛藤を抱いている人は少なくない。


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