オンライン申請では、政府が運営するマイナンバー制度の個人向けサイト「マイナポータル」から各自治体がデータを受け取る。しかし、4月の段階で全国806の自治体がデータを受け取る仕組みを持っていなかった。政府は急ピッチで全自治体が接続できるようシステムを構築したが、自治体側の業務設計が追い付かなかったという。

 菅義偉首相は、行政のデジタル化推進に向けた方策を次々に打ち出している。デジタル化を一元的に指揮する「デジタル庁」の来年中の設置を目指すほか、デジタル政策の肝としてマイナンバーカードの普及と用途拡大を進める構えだ。首相就任前、自民党総裁選に向けた討論会では「2年半後に(マイナンバーカードを国民)全員に行き渡るようにしたい」とぶち上げた。

 マイナンバーカードが普及し、システムがうまく機能すれば、国民にとっても行政側にとっても、事務手続きの負担がかなり軽減されるという考えだ。政府はあの手この手でマイナンバーカードの普及を図ってきたが、8月1日時点でカードを持つ人は18.2%にとどまる。狩野さんは、普及が進まない理由の一つをこう指摘する。

「現時点ではマイナンバーカードによるメリットを実生活で感じる機会があまりありません。便利さが見えてきてはじめて、普及が進んでいくはずです」

■5千円バラマキ空振り

 マイナンバーカードは身分証明書になるほか、確定申告などの電子申請、行政手続きのオンライン申請などに利用できるものの、今のところ日常生活での利便性はさほど感じられない。政府はマイナンバーカードをキャッシュレス決済とひもづければ最大で1人5千円がもらえる「マイナポイント」を導入したが、それでもカードを持たない人は多い。狩野さんは言う。

「国に番号で管理されているように感じられ、嫌がる人も多いでしょう。国民ID制度の先進国であるエストニアでも、導入時は見向きもされませんでした。長い時間をかけて利便性と信頼感を高め、それに比例して浸透していったのです」

 狩野さんは行政のデジタル化への道をこう予想する。

「省庁をまたいだ連携にはデジタル庁が強固な組織として機能することが期待されます。各部局でバラバラに作りこんでいるデータの標準化も進めなければならず、それには年単位の時間が必要でしょう。一方、引っ越しや死亡・相続手続きのワンストップ化のように、分野ごとにデジタル化を進めてサービスを向上させることはすぐに取り組めます」

 マイナンバーカードの普及が進まない背景に政府への不信感がある以上、求められるのは「2年半」と期限を切ることではなく、まずは着実にデジタル化のメリットを示すことだろう。(編集部・川口穣)

AERA 2020年10月5日号

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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