四段昇段でプロになったのは高校3年生の春。大学受験とぶつかる時期だ。進学かプロ専念かで迷うこともあったのかと問うと「プロになれたので、受験に集中できると思った」と振り返る。結果、大阪大に進んだ。

 糸谷八段は以前、自身の将棋観について、こう話していたことがある。

「思考をショートカットすることで、将棋は強くなる」

 読める手が50手あるとしたら、その全てで枝まで読んでいくのは不可能。将棋は一対局で選択肢が40~50手あるうち、将棋指しが実際に読むのは所詮3~5手ぐらいしかない。その他をちゃんと読んでいないというより「切る能力があるんです」と語る。

 羽生九段もまた、かつてこう語っていた。

「将棋は最初のうちは指す手の可能性が多くありますが、局面が煮詰まってくると、マイナスの選択肢、パスしたほうがよい局面が増えてきます」(クバプロ刊『将棋と脳科学』から)

 常に相手の先を読むように思える将棋の考え方は、悪手を「切る」ことが重要となる。勝つだけでなく負けも重ねることで、マイナスの選択肢に気づくようになる──。「最善」を目指すための学びは、ここにある。(編集部・大平誠)

AERA 2020年10月5日号より抜粋