ベルリン・フィルの無観客公演。コンサートマスターの樫本大進は「いつもは隣にいる仲間たちを、ありえないほど遠くに感じた」と言う(写真:Monika Rittershaus)
ベルリン・フィルの無観客公演。コンサートマスターの樫本大進は「いつもは隣にいる仲間たちを、ありえないほど遠くに感じた」と言う(写真:Monika Rittershaus)
ベルリン・フィル首席指揮者のキリル・ペトレンコ。リハーサル初日、楽員たちに「生涯忘れられないコンサートにしよう」と呼びかけた(写真:Monika Rittershaus)
ベルリン・フィル首席指揮者のキリル・ペトレンコ。リハーサル初日、楽員たちに「生涯忘れられないコンサートにしよう」と呼びかけた(写真:Monika Rittershaus)

 新型コロナウイルスと共存してゆく次なる時代を視野に入れ、世界中のオーケストラが再始動している。模索するのは、それぞれの個性を反映させた「ソーシャルディスタンス」だ。AERA 2020年6月29日号掲載の記事で、コロナ渦での方法を模索する、現場の現状に迫る。

【写真】ベルリン・フィル首席指揮者のキリル・ペトレンコ

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 5月1日、世界に先駆けて無観客公演を敢行したベルリン・フィルは弦楽器に1.5メートル、管楽器に至っては5メートルもの距離を奏者と奏者の間に置いた。一方、6月に公演を再開したウィーン・フィル公演での奏者同士の距離は、実証実験を経て80センチと定められた。全員が事前にPCR検査を受け、陰性が確定した奏者のみを出演させたことも絡めての判断だ。

 日本でも現状、判断は分かれている。東京フィルハーモニー交響楽団は80センチ。新日本フィルハーモニー交響楽団は弦楽器1.5メートル、管楽器2メートルと定めた。

 こうした試行錯誤にこそ、オーケストラという文化を担う人々の矜持が宿る。ソーシャルディスタンスは、それぞれの芸術を最高のかたちで実現するための「最適解」ではないからだ。

 バロック時代の演奏会の場所は、主に宮廷やサロン。古典派時代の楽曲の多くは貴族たちのサークルを想定して書かれた。19世紀に入ってコンサートホールが各地に生まれると、数千人規模の観客を巻き込む絢爛たるサウンドを求め、オーケストラの規模は拡大の一途をたどってゆく。その極みがマーラーの「千人の交響曲」だろう。様々な時代の様々なスタイルの楽曲すべてを、現代のオーケストラはレパートリーにする。指揮者のビジョンやホールの音響効果も掛け合わせ、楽器配置の最適解がそのつど導き出される。この多様性こそが、オーケストラの命だ。

 今月から日本のオーケストラも再始動する。10日には東京・赤坂のサントリーホールの協力で、日本フィルハーモニー交響楽団が無観客でのオンライン収録に臨んだ。奏者同士の距離は1.5メートル。時折、指揮者の広上淳一の少し苦しげな呼吸がマスクの隙間から漏れ、無人の客席に響く。通常よりも動きが大きく、奏者へのこまやかな目配りが必要となるためだ。

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