「評伝は『人間』に取り組むわけですから、本書では実証的な研究と物語的な叙述の調和をめざしました。たとえば資料に基づいたうえで、意識的に会話を多く入れています。いかに読みやすく読者に届けるか、データとのバランスが大切です。ノンフィクションの手法ですね」

 古関は政治的な主義主張をほとんど持たず、だからこそ「ノンポリ的にどんな政治的音楽も自由自在」に作ることができた。

「誰に対しても謙虚だったそうですが、ただの良い人ではなく、音楽に対しては譲らない、熱い思いを持っていました。また生涯、クラシックへのこだわりを持ち続けています。本来の芸術志向と仕事として求められる商業主義のねじれ。古関は昭和という時代を図らずも体現することになった作曲家であり、今後も広く参照されるべき存在だと思います」

(ライター・矢内裕子)

■リブロの野上由人さんオススメの一冊

 島田雅彦氏によるラブストーリー『美しい魂』の後日譚、『スノードロップ』は、皇室の内側を本当に覗いたかのような物語である。リブロの野上由人さんは、同著の魅力を次のように寄せる。

*  *  *

 皇太子妃候補になる人に恋した男を主人公とする、島田雅彦氏のラブストーリー『美しい魂』は、大きな想像力と読みやすさを兼ね備えた傑作だが、本書は、その後日譚(ごじつたん)に相当する物語。主人公は皇后である。

 もちろん作家の想像力が創り出したフィクションなのだが、令和日本の政治状況を思わせる描写が端々にあるので、読者は現実と空想の境界線を見失い、小説世界を身近に感じながら読むことになる。だから、皇室の内側を本当に覗いたかのような物語に「やっぱりそうだよな」と信じて納得したり「さすがにそれはないだろう」と疑って作家にツッコミを入れたりしながら、自らの想像も重ねて楽しむことができる。

 同時に、天皇の政治的影響力をどう評価するのか。天皇制をめぐる論争の素材を提供したともいえる。各方面の反応も併せて読みたい作品だ

AERA 2020年6月22日号