ただし、それを阻む唯一の壁が「定年」だった。検事総長の定年は65歳。検事長以下の定年は63歳と検察庁法で定められている。20年2月8日で満63歳となる黒川氏は、検事総長のポストに就く前に退官すると、省内の誰もが思っていたと検察関係者は語る。

「ところが誕生日の直前に、黒川氏だけを定年延長すると政府が言いだしたのです。しかも、その根拠が検察庁法ではなく、定年延長が可能な国家公務員法の規定を適用したと言うのですから2度、驚きました。検察官の定年に国家公務員法が適用されないことは、過去の政府の法解釈を見ても明らか。法務省内では自身の出世に関わることなので、この規定を知らない者は誰もいません。政府主導による全くの禁じ手です」

 この露骨で前代未聞の人事を正当化するために、安倍政権はコロナ禍の非常事態であるにもかかわらず検察庁法改正案を国会に提出。しかも、国家公務員法改正案と束ねて、法務大臣の出席を必要としない内閣委員会での審議を画策した。これに対し立憲、国民、共産、社民など野党は徹底抗戦の構えだ。

 背景にあるのはツイッターで広がった「#検察庁法改正案に抗議します」のうねりだ。多数の著名人を含む数百万人が抗議の意思表示をした。反対の声は与党内にも広がっている。

 それでも政権が今国会での成立を急ぐのは、「モリ・カケ・桜」の不祥事に加え、進行中の河井克行前法務大臣への捜査を意識しているからではないか。5月14日、映像配信プロジェクト「Choose Life Project」主催の緊急記者会見で、立憲民主党の安住淳国対委員長は本誌の質問にこう答えた。

「結局、黒川氏を定年延長したこと自体に政治的なうさん臭さが漂っている。そこが一番の問題。野党はコロナ関連法案には協力すると伝えている。しかし、土井たか子さんじゃないけど、ダメなものはダメなんです」

 15日午後、かつてロッキード事件の捜査に関わった元検事ら十数人が法務省に改正案反対の意見書を提出した。意見書はこう締めくくられている。

「正しいことが正しく行われる国家社会でなくてはならない。(中略)検察の組織を弱体化して、時の政権の意のままに動く組織に改変させようという動きであり、ロッキード世代として看過し得ないものである」

(編集部・中原一歩)

AERA 2020年5月25日号