「過去から学び行動すること」 気鋭のジャーナリストが記した戦争と日本の「裏の顔」 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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「過去から学び行動すること」 気鋭のジャーナリストが記した戦争と日本の「裏の顔」

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AERA#読書
大矢英代(おおや・はなよ)/琉球朝日放送を経て、フリージャーナリスト、映画監督。千葉県出身で、2017年にフリー転身後は、「国家と暴力」「国家と民衆」をテーマに取材活動を続ける(撮影/写真部・小黒冴夏)

大矢英代(おおや・はなよ)/琉球朝日放送を経て、フリージャーナリスト、映画監督。千葉県出身で、2017年にフリー転身後は、「国家と暴力」「国家と民衆」をテーマに取材活動を続ける(撮影/写真部・小黒冴夏)

 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。

『沖縄「戦争マラリア」強制疎開死3600人の真相に迫る』は、ドキュメンタリー映画「沖縄スパイ戦史」の共同監督が挑む、沖縄戦の最暗部・ノンフィクション。著者である大矢英代さんの学生時代から映画制作に至るまでの、10年にわたる取材の記録だ。大矢さんに、同著に込めた思いを聞いた。

*  *  *
 物事には表と裏がある。気鋭のジャーナリスト、大矢英代さん(33)が記した本書は、太平洋戦争末期の沖縄戦の裏の歴史、「もうひとつの沖縄戦」と呼ばれてきた「戦争マラリア」の真相に迫ったノンフィクションだ。

「初めて知った時は、何が何だかわからなくて。こんなことが本当にあったの、と」

 1945年、戦時中、沖縄の八重山諸島で住民が日本軍の命令により、マラリアが蔓延する西表島のジャングル地帯に移住させられ3600人以上がマラリアで死亡した。命令は、機密漏洩防止と日本軍の食料確保といった軍の作戦のため、計画的に行われた。

 大矢さんがそれを知ったのが、八重山毎日新聞社でインターンをしていた早稲田大学大学院生の時。島民と暮らして記録を残そう──。大学院を1年休学し、最も戦争マラリアの犠牲者が多かった八重山諸島の南端、波照間島に向かった。島の「おじい、おばあ」宅に8カ月泊まり込み、サトウキビ刈りを手伝い、島の言葉を覚えながらカメラを回した。インタビューは2年間で44人に及んだ。

「一人ひとりの人生を見つめる取材でした」

 島に来て5カ月近く経った頃、おばあに聞いた。

「おばあ、人生で一番苦労したことを教えて」

 当時13歳だったおばあは、戦争マラリアで11人いた家族のうち9人が死んだこと、死体を庭先の防空壕の中に入れたことなどを話した後、「ハナヨー、私がこんなに話しても分からないでしょう」と少し厳しい口調で言った。


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