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「生命とは何か?」 この大きな問いに挑んだ“変わり者”の理論物理学者

連載「福岡伸一の新・生命探検」

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福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授 (c)朝日新聞社

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 メディアに現れる生物科学用語を生物学者の福岡伸一が毎回一つ取り上げ、その意味や背景を解説していきます。前回のコラムに続き、物理学者エルヴィン・シュレーディンガーを取り上げる。

*  *  *
 生命とは何か?

 大きな問いである。ためしに広辞苑で、生命の項を引いてみるとこうある。

<せいめい【生命】 生物が生物として存在する本源>

 なんだか、わかったようでいて何もわからない、とても曖昧な説明だ。特に“本源”といった大雑把な言葉を使うととたんに生命の本源はするりと逃げていってしまう。

 私たち職業的な生命科学研究者もまた実は同じである。私たちは「生命とは何か?」という大きな問いに真っ向から挑んでいるわけではない。むしろ対峙することを避けている。そして、もっと細かい部分、特定のタンパク質の三次元構造とか、遺伝子の変異と疾患の関係性とか、細胞膜の流動性とか、そういったちまちまとした問題に逃げ込んで、日々研究に勤しんでいる。そうでないとデータを出すことができず、論文を書くことができない。つまり学者として業績をあげることができない。木を見て森を見ず、という言葉があるが、まさにそれである(実は、木ですらなく、葉っぱのそのまた中の細胞のごく一部だけを見ているにすぎない)。

 本当は科学者もみな子どもの頃は、蛹(さなぎ)から蝶がまろび出て、すっと翅(はね)を伸ばす美しさに息を呑んだり、ハンミョウの背の青と赤の光沢に魅了されたりして、「生命とは何か?」という大きな問いを原点として持っていたはずなのだ。何かを職業とするということは原点を消し去ってしまうことでもある。

 しかしながら、科学者の中には、わずかながら、この原点を忘れず、大きな問いに対する答えを求めつづけようとする“変わり者”がいる。それも、広辞苑のような通り一遍の字義的な答えではなく、できるだけ大雑把ではない言葉、すなわち解像度の高い言葉で「生命とは何か?」を考えようとした人がいる。


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