だが、化学進化が生命誕生の準備をしたからといって、そのあとに生命が自動的に立ち上がるわけではない。糖、アミノ酸、核酸を混ぜ合わせても、それはどこまで行ってもミックスジュースでしかない。細胞のタンパク質はすべて人工的に合成できるが、たとえ細胞のタンパク質をすべて試験管内に入れても、そこから生命が立ち上がることはなく、それはやはりミックスジュースでしかない。代謝や呼吸が生まれることはない。

 何が足りないのか。それはたえず増え続けるエントロピー(乱雑さ)を捨て続けるための仕組みである。次回以降、物理学者エルヴィン・シュレーディンガーがその著書『生命とは何か』で洞察した予言について考えてみたい。(文/福岡伸一)

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福岡伸一

福岡伸一

福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

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