さらに、類人猿学で世界の最先端を行く京都大学霊長類研究所から、チンパンジーによる実験的研究が報告された。Carvalhoらは、ギニアの森林に作った野外実験場に、どこにでもあって入手が容易なアブラヤシとなかなか手に入らない貴重なアフリカクルミを並べ、チンパンジーの行動を観察した。その結果、アフリカクルミが少ない場合には、チンパンジーはアブラヤシを無視して、貴重なアフリカクルミを口のみならず、両前足(手)を使って持ち帰った。しかも競争相手がいると、限られた資源を奪い合うためにさらに二足歩行の頻度が増したという。

■プレゼントを持ち帰るために

 Lovejoy博士のプレゼント説では、ハーレムを形成するゴリラや乱婚のチンパンジーと違って、ヒトの先祖では生涯分娩数が少なく、生まれた子どもを大切に育てる少産少死が進化した。そのために父親の確実な手助けが得られる一夫一婦の社会制度が主流となった。自分が腹いっぱい食べるよりは、プレゼントを持ち帰って子どもとその母親に与えるようにする父親は、より確実に子孫を残せただろうと推定している。

 面白いことに初期類人猿で二足歩行とともに犬歯の退化が始まり、歯をむいて異性を争うよりは、より多くのプレゼントを持ち帰る方向に淘汰圧がかかったらしい。

 両手が自由に使えることは雌(女性側)にも、児の哺育に自由度が増し、捕食者からの逃走、果物や昆虫など森で容易に手に入り、雄に依存しない食物の採取に有利に働く。直立歩行による難産や椎間板ヘルニア、子宮や膀胱などの臓器脱などのリスクを負っても、いったん確立した二足歩行は後戻りできない。プレゼントをたくさんもらう雌には正面から見たセックス・アピール、すなわち美貌と乳房が進化した。男性がこれに答えるのは、優れた免疫能を担保する健康な外観、外敵に対する防御能力に加えて誠実さと、それを目に見える形にするにはプレゼントという帰結になる。

 ボーナスが出た方は、たまには両手いっぱいにプレゼントを抱えるのも悪くないかもしれない。もちろん懐具合にもよるところではあるが。(文/早川智)

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早川智

早川智

早川智(はやかわ・さとし)/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に戦国武将を診る(朝日新聞出版)など

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