「日本人はアフガニスタンの本当の友人だ」 中村哲医師がかつて一人で貫いた水路支援に現地の声 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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「日本人はアフガニスタンの本当の友人だ」 中村哲医師がかつて一人で貫いた水路支援に現地の声

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白川徹,中村ひろみAERA#AERAオンライン限定
報告会での中村哲医師 (c)朝日新聞社

報告会での中村哲医師 (c)朝日新聞社

 アフガニスタン東部で福岡市のNGO「ペシャワール会」現地代表の中村哲医師(73)が4日、殺害された。車で移動中に銃撃され、中村医師とアフガン人運転手や護衛ら6人が死亡した。

 中村医師は1984年にパキスタンで医療支援始め、その後アフガニスタンに拠点を移してからも現地で活動を続けてきた。2000年代には水利事業や農業支援へと活動を広げ、砂漠化した土地に水を引くことに力を注いだ。

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 自分が先頭に立つことで人々がついてくるという考えから、重機の運転だけでなく、石運びも率先してやって見せる。そんな姿が信頼を集め、現地の人たちは中村医師を「お医者様」の意である「ドクター・サーブ」と尊敬の念を込めて呼んでいたという。

 だが、アフガニスタンの治安情勢は厳しい状況が続いていた。テロ攻撃や治安部隊と反政府武装勢力との間の戦闘が激化し、2018年の民間人の死者数は過去最多の3804人に上った。

 情勢が悪化するなかでも、中村医師は現地での活動を続けた。20年には、65万人が暮らせる1万6500ヘクタールを潤すという目標を掲げ、昨年、福岡市で開いた報告会でも手応えを感じていることを明かしていた。今年10月には長年の活動が認められ、同国の名誉市民権を授与されたばかりだった。

「AERA」では2008年12月15日号で、治安悪化をたどるアフガンで孤軍奮闘する中村医師を取材。ここでは当時の記事を再掲し、中村医師の活動を振り返る。

*  *  *
 カンカンカンとかん高い音を響かせ、削岩機が道をつくっていく。アフガニスタン東部のジャララバード郊外。重機を操るのはNGO「ペシャワール会」現地代表の中村哲医師(62)だ。

 8月に同会の伊藤和也さんが殺害された事件後、現地に十数人いた同僚の日本人スタッフたちは全員帰国した。いまは中村医師が現場監督から物品管理まで一人でこなしつつ、アフガン人スタッフを指揮している。重機の運転だけでなく、石運びもまずやって見せる。自分が先頭に立たないと、人々がついてこないと考えるからだ。


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