冒頭、爆心地について「人間が過ちを犯しうる存在であるということを意識させてくれる」と述べた。そして、「人の心にある最も深い望みの一つは平和と安定への望み」であり、「国際的な平和と安定は、相互を尊重し、奉仕への協力と連帯という世界的な倫理によってのみ可能となる」とした。教会を通してバチカン(ローマ教皇庁)にもたらされる各国の情報。それを見事に把握し、倫理によって建設的な次元へと展開していく意図が感じられた。

「核兵器をもっているのもテロ行為だと言った。あれは凄い」

 会場で教皇のメッセージを聞いた被爆者で、「長崎の証言の会」事務局長、森口貢さん(83)はそう評価する。これは、長崎が核兵器の非人道性を示す証人の町であるとして、核兵器保有や軍拡の続く現状について「途方もないテロ行為」と語った箇所を指す。

 教皇はこうも述べた。

「軍備の均衡が平和の条件であるという理解を、真の平和は相互の信頼の上にしか構築できないという原則に置き換える必要があります」

 核抑止論を否定し、核保有国の責任を問い、再び核軍拡へと動きだしそうな米ロなどを牽制しているようにも読める。

 その点に最も心が動かされたと語るのが、長崎市の被爆者団体「長崎原爆被災者協議会」(被災協)会長の田中重光さん(79)。田中さんも爆心地公園で、教皇の言葉に注目していた。

「印象的だったのは、私たちが日頃使うようなやさしい言葉で語ってくれたことです。話を聞き、長崎や日本が、課題を突き付けられていると思った」

 核兵器の製造から使用までを禁止する核兵器禁止条約が2017年に国連で採択された後、バチカンはいち早く批准した。一方、戦争被爆国の日本は米国に遠慮し、批准していない。(ノンフィクション作家・高瀬毅)

AERA 2019年12月9日号より抜粋