今回の展示で認識できた北斎作品の「細部」はいくつもある。

 たとえば、「東海道品川御殿山ノ不二」。画面中央の桜はキメ出しで花びら一枚一枚を立体的に表現。雲はふわりと和紙の質感を残し、空は横の刷毛目(はけめ)が使われている。湖面は木目を残して水の流れを表した。

「東海道金谷ノ不二」の画面には約100人の人足がいるが、それぞれ顔の表情や筋肉の張りが描き分けられている。波しぶきも青い丸で一粒一粒が描かれる。
「御厩川岸より両国橋夕陽見」は、船に乗る客の菅笠が「雲母摺り」という技法により、キラキラと輝いている。

「武州玉川」の川の手前側は「カラ摺り」と呼ばれる顔料を使わない技術で摺られている。光の当たり方によって奥の青い部分は水が深く、手前の白い部分は浅くなる感じが見てとれる。

 これらの技術は、専門家にとっては周知のことだった。創業150年、江戸摺り師の伝統を引き継ぐ東京・水道橋の高橋工房6代目、高橋由貴子さん(75)はこう語る。

「私たちが復刻作品をつくるときには間近でオリジナルを拝見します。そうしないと色も摺り方もわかりませんから。江戸の人々も浮世絵を手にして光にかざしてこれらの技術を見ていたはずです。でも現在の美術館では、ガラス越しで光も当てられませんから、日頃は見ることができない技術なんです」

 山梨県立博物館のオリジナル作品も、年に数日公開されるだけだ。通常、美術館の使命と言われる「保存、研究、公開」の三つを並立させるのは、なかなか難しい。ところが、このデジタル技術を使えば可能になる。その技術は、どうやって生まれたのか。

「当初は微妙な光沢を持つ絹帯をデジタル映像化しようとして生まれた技術です」

 20億画素の解像度と質感制御技術を開発したアルステクネ・イノベーション代表・久保田巌さん(57)はそう語る。

 久保田さんは前職時代から30年にわたり、世界の美術作品のデジタル映像化を手がけてきた。2007年にはダ・ヴィンチの「受胎告知」を初めて日本にもってきた「レオナルド・ダ・ヴィンチ 天才の実像」展の企画や、そのデジタル化にも携わった。独立してからも、芸術作品をデジタル化する技術の「質」の追求にこだわってきた。

次のページ