国内外の現代アートを紹介してきた原美術館が2020年12月、40年余の歴史に幕を下ろす。昭和初期のモダニズム建築の邸宅は、世界的な作家たちの作品と親密に触れあう機会を与えてきた。AERA 2019年9月23日号に掲載された記事を紹介する。
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東京・品川駅の高輪口を出て、御殿山の高台へと続く道を上る。歴史ある静かな住宅街のなか、木々に囲まれたモダニズム建築の邸宅が原美術館だ。
当時、まだ珍しかった現代美術専門の私設美術館として、1979年に開館。80年代には日本の若手作家約100人に発表の場を与える全10回のグループ展やメイプルソープなど世界的な作家の個展を開催。90年代に入ると三つの大型国際巡回展を企画・実施し、国内外で最先端の現代美術の普及に努めてきた。
38年に竣工した建物は、原美術館の創設者・原俊夫さん(84)の祖父で日本航空会長などを務めた邦造氏の私邸だった。銀座の顔である服部時計店(現和光)や、東京帝室博物館(現東京国立博物館本館)を手がけた故渡辺仁(じん)の設計だ。
「美術館の設立を決めた当初、建物は10年以上無人で、老朽化も進んでいました。まさか美術館にするとは考えていなかったのですが、ルイジアナ美術館を訪れたことが、きっかけを与えてくれました」(原さん)
デンマークの首都コペンハーゲン近郊にあるルイジアナ美術館は、美術コレクターのクヌート・イエンセンが自邸を改造して作ったものだ。
「質の高い近現代美術のコレクションはもちろん、海岸に面した広い庭に建物が展示室になっている素晴らしい場所で、『こういう美術館が日本にもあったら』と思ったのです」(同)
開館当時、東京ではサントリー美術館やブリヂストン美術館など都心のアクセスの良い場所に、天井が高く、機能的なワンフロアの空間を持つ美術館が多かった。個人の邸宅というプライベートな空間に展示された現代美術の作品は、美術館での鑑賞とは異なり、主(あるじ)に直接紹介されたような親密な印象を与えた。展覧会とともに、貴重なモダニズム建築に触れることを楽しみにしていた建築ファンも多い。