小説家の丸山正樹さんによる『慟哭は聴こえないデフ・ヴォイス』は、ろう者が日々生きている様々な困難や思いを、自身もろう者の両親から生まれた手話通訳士の視点とともに描くシリーズ3作目。著者の丸山さんに、同著に込めた思いを聞いた。
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いつも行きあたりばったり、毎回が奇跡ですと丸山正樹さん(57)は恥ずかしがる。
「デビュー作の『デフ・ヴォイス』が運よく文庫化され、広く読んでもらえました。文庫がなかったら、もう作家活動はしていないと思います」
「続編を」と依頼する編集者が現れる。読者の中から話を聞かせてくれる当事者が出てくる。そうして2作目の『龍の耳を君に デフ・ヴォイス新章』を、3作目の『慟哭は聴こえない』を書くことができた。シリーズ誕生である。
デフ(Deaf)とはろう者のこと。なぜこのテーマで書こうと思ったのだろうか。
「直接のきっかけは、山本譲司さんの『累犯障害者』を読んだことです。ろう者とは単なる聴覚障害者でなく、手話という言語を用いる言語的少数者であり、そこに自分自身の根本を見ていることを知り、目から鱗が落ちました」
丸山さんには頸椎損傷を抱えた妻がいる。介護のため通勤を伴う仕事を避け、シナリオライターとして生きてきた。一口で「障害」とまとめては粗雑だが、丸山さんにとってはテーマ以前に日常なのだ。
3作目の今回は大きな挑戦があった。ろう者が救急車を呼ぶのがいかに困難かという「緊急通報」の問題。大きな話題になっている人工内耳の問題。そして、愛媛県・大島の今治市宮窪町で使われている「宮窪手話」(作中では「水久保手話」)が重要な役割を果たす。
「宮窪町出身のろう者の方に取材しました。手話にも方言があり、地域によって単語も異なったりしますが、ここの手話はそんなレベルではなく、日本手話とは文法からして違います。これを作品に生かしたいと考えました」
作品を集中して書いている時には不思議なシンクロが起きるもので、丸山さんが取材前に創作した作品を読み、島民の方々から「どうしてこのことを知っているのか」と問われる場面もあったという。