漂着したペットボトルは焼酎のほか、フルーツ風味のヨーグルト飲料、豆乳飲料、ミネラルウォーター、炭酸飲料、ジュースと、いずれも嗜好品ばかり。だが、国連は今年3月、北朝鮮の18年の食糧生産が自然災害の影響を受けて前年比で9%減、09年以降で最低を記録したと発表。人口の4割超にあたる推定1090万人が、人道支援を必要としていると指摘している。

 厳しい情勢と矛盾する嗜好品の漂着だが、ラベルに書かれた「売り込み口上」に、その疑問を解消する手掛かりが残されていた。「恒常的に飲むと、疲労回復と老化防止、子どもたちの成長発育に良い」という一文だ。北朝鮮では豆乳飲料などを労働者が栄養ドリンクのような感覚で飲んだり、健やかに育つのを願う親が、子どもに飲ませたりしているのではないだろうか。

 5年前まで北東部の都市、咸興(ハムン)で暮らしていた脱北者は「炭酸飲料のペットボトルはあったが、ヨーグルト飲料や焼酎はなかった」と証言する。北朝鮮の事情に詳しい国学院大学栃木短期大学講師の宮塚寿美子さんは、「ある程度、経済が発展し、中産階級の人たちが自身の健康や子どもの成長のために、安くはないペットボトル飲料を購入しているのだろう。子どもたちの健康促進と消費の機会を増やそうとする正恩氏の意向が反映されている」と大量漂着の背景を分析する。

 ただ、大量に流れ着くのはペットボトルだけで、韓国からの漂着ごみのように食品の包装といったごみは今のところ見つかっていない。北朝鮮の庶民が嗜好品を手にするだけの余裕が出てきたのか、それとも水ものばかりが量産されているだけなのか、日本海沿岸の観察は続く。(ライター・金正太郎)

AERA 2019年5月20日号より抜粋