穂村弘(ほむら・ひろし)/1962年生まれ。歌人。歌集『シンジケート』でデビュー。『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞、『水中翼船炎上中』で第23回若山牧水賞を受賞(撮影/慎芝賢)
穂村弘(ほむら・ひろし)/1962年生まれ。歌人。歌集『シンジケート』でデビュー。『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞、『水中翼船炎上中』で第23回若山牧水賞を受賞(撮影/慎芝賢)

 穂村弘さんによる『あの人に会いに 穂村弘対談集』は、歌人である著者が、長年作品に接してきたクリエイターに創作の秘密を尋ねた対談集だ。著者の穂村さんに、同著に込めた思いを聞いた。

*  *  *

 ファンという立場で終始語る穂村弘さんからは、純粋な歓びが伝わってくる。

「お目にかかるのはもちろん怖いです。だから自分が50代になるまでこういう本は作れませんでした。かつて谷川俊太郎さんに初めてお会いした日なんて、緊張の疲れが出て、帰宅後24時間眠ってしまったくらいですから(笑)」

 読者にとっては穂村さんと創作者によるクリエイター同士の「対談」であり、穂村さんにとっては、長年ファンだった人への「インタビュー集」ということになる。

「どうやって実作しているかということに質問を集中させました。また、『自分のあこがれの人の、そのまたあこがれは誰なのか』ということも気になります。それもその人の表現を規定するものですから。高野文子さんは萩尾望都さんにあこがれてマンガを描き始めていて、萩尾さんは自分以降の同業者で真っ先に高野さんを認めている。そういう関係にときめきます」

 ここまで名前を記した3人に加え、宇野亞喜良、横尾忠則、荒木経惟、佐藤雅彦、甲本ヒロト、吉田戦車(敬称略)の9人が対話の相手だ。

「谷川、宇野、横尾の同世代3人は、いずれも寺山修司と関係を持っています。谷川さんは死生観がまともで成熟した人だと思いますが、『寺山は自分が重体になっても死を理解しなかったし、受け入れなかったと思う』と語ったことがあります。ぼくはそういう寺山さんに近いし、ご存命だったら絶対に会いに行きました」

 荒木さんとは5時間話した。

「荒木さんは撮影も粘るんです。『写真が撮りたくて朝目が覚める』とおっしゃっていました。ぼくなんて原稿書きたくて目が覚めるなんて絶対にない。書きたくなくて寝ちゃうことはあるけど(笑)」

 穂村さんは若い人がアイドルに対して取る「推し」という態度が理解できないという。

「あれはどういう感覚なんだろう。ただのファンとも違うんですよね」

 ファンとは遠くから見ているものだ。言葉を交わすにしても、長い時間を超えての行為である。比較的ラクに谷川さんと話せるようになった最近の穂村さんが、本書収録の撮影の際、「どさくさに紛れて谷川さんのおでこに触ってしまった」と書いているのには驚き、笑ってしまった。

 触ることには、推す=押すこととは決定的に違う無心さがある。つい伸ばしてしまったその手のひらは、谷川作品を数十年繰り返し読んできた膨大な時間が作ったものである。(ライター・北條一浩)

次のページ