出水トレーナーはこう語っていた。実際、宇野は12月17日に21歳になった5日後、全日本選手権で怪我をした。かたくなに「アップはしたくない」と言っていた宇野だが、「自分が心を許した人の言葉は聞きます」と言って、1月からは氷に乗る前に約30分のウォーミングアップを取り入れるようになった。
迎えた四大陸選手権。もともとは練習量が多く、「練習の成果を試合で出す」ことがモチベーションの宇野にとって、気持ちが定まらないままショート本番を迎えた。すると4回転と3回転の連続ジャンプをミスし、91.76点で4位発進となった。
「練習してこなかったので、悔しいと言う権利もない。これがいまの実力」
フリーに向けた意欲が湧かず、意気消沈していた。
その夜、変化があった。試合後のマッサージを受けながら、4位発進でも悔しさが湧き出ない自分の気持ちを出水トレーナーにこぼすと、こう言われた。
「選手をやっていて1位がないのは寂しいよ。昌磨には世界選手権で1位になってほしい。その方針でこの1年やってきた」
順位にこだわらないことをモットーにしてきた宇野。その言葉にハッとした。
「1位を取ることは、自分のためだけじゃなくて、周りの人のためにもなるんだ」
2日後のフリーでは、ベストを尽くそうと気合を入れた。
「いろいろな言葉を考えました。気合、どんなジャンプも降りてやろう、自分を信じる、攻める、できる。最後、氷に立ったときにいろいろ考えてきた思いが消えて、無心になりました。それがよかったと思います」
3本の4回転をすべて成功すると、連続ジャンプで小さなミスがあっただけのパーフェクトに近い出来。フィニッシュポーズをとった瞬間、そのまま氷に崩れ落ちた。
「寝転びたいくらい足の裏がしんどかったんです」
フリーの得点は197.36点で、今季世界最高点を更新する。総合289.12点での逆転優勝だった。会見でこう質問された。
「主要な国際大会では銀が続いていた。シルバーコレクターを返上できたか」
すると意外な返事をした。