「たとえば、単に化粧品が欲しい人は通信販売で十分なんですけど、私の肌にはジェルかクリームどっちが合いますか?と聞いても答えてくれません。けれど、私たちは喜んで知識を伝え、相談に乗り、あれこれとお世話を焼いてしまう。私たち商人には、お客さまに喜んでもらいたいというプライドがあるんです」

 これこそまちゼミ成功の鍵だった。松井さんの店では、10人の参加者がいると、そのうち2人が必ず新規のお得意さまになった。そして、16年の年月が流れた。松井さんの店にはのべ2400人が足を運んだという。

 その結果、着実に売り上げは伸び、利益も出るようになった。商店街の仲間から「店の売り上げが2倍に」「新規顧客ができた」など嬉しい声も届くようになった。岡崎では当初190人だった1回のまちゼミの参加者が、今では4500人にまで増えた。

「以前であれば、その数のお客様がショッピングモールや駅ビルではなく、商店街の路面店である『私』の店に来てくれるなんて考えられませんでした」

 松井さんが考案したまちゼミは今では全国370カ所の商店街で開催され、着実に成果を上げている。

 16年間、講座のあとにはアンケートを記入してもらっている。なぜ、まちゼミに参加したのか。お客様は何を商店街に求めているか。まちゼミそのものが生きたマーケティングの現場なのだ。

 多額の補助金などお金に頼らなくても商店街は持続できる。売り手よし、買い手よし、世間よし。かつて、名を馳せた近江商人の商売の哲学が、全国の商店街を活気づかせている。(編集部・中原一歩、写真部・東川哲也)

AERA 2019年1月14日号より抜粋