日本は他に類を見ないほどの現金すなわち小銭大国だ。決済全体に占める「現金等」の割合は昨年で4分の3を超えている(グラフ参照)。今以上に多くの外国人旅行客が来日するだろう東京オリンピック・パラリンピック開催を考慮し、政府は脱現金化を進めていきたいようだが、その2020年でも現金等が7割超との予測もある。

「キャッシュレスにすれば?」

 恐る恐る前出の持ち主に聞いてみた。小銭は激減するし、各種のカードもスマートフォンで使えるように登録すればいい。しばらくして、彼女は答えた。

「キャッシュレスって現金を使わないことでしょ? だったら、クレカもキャッシュレスってことですよね」

 電子マネーやスマホ決済などなど、現金いらずのサービスが急拡大する世の中で、「クレカのみ」をキャッシュレスとは言いにくい。置いてけぼりを食っているようだ。

「そもそも、どれを選んでいいか分からない! 現金は1種類しかないから迷いようがない。迷惑をかけるわけじゃないんだから、いいじゃない」

 正論ではなかろうか。特に最後の一言は、胸に刺さる切実な叫びである。最近ついに財布のダイエットをあきらめ、二つ目の財布を使い始めたらしい。曰く、「お札やクレカなど、すぐ取り出したいものだけ避難させた」とのことで、本人は「財布の別荘」と称するが、明らかにこちらが本宅でしょうに……。

 案の定、別荘はめったに使わないそうだ。「ブタ財布」との付き合いが長くなるにつれ、お別れがつらくなったのかもしれない。人前でも、とくに気にすることなく小銭やカードを捜して中を引っかきまわしている。

 現金派には、現金だからこその面白味を楽しみたい人もいる。30代後半の自営業の男性は、旅行先の買い物を例に挙げる。

「その土地で商売を営む店主との会話や値段交渉が醍醐味だったりする」

 商品の隣にQRコードが貼られてしまえば、その価格から下げることは難しくなる。「もう一つ買うから、少しだけ安くして」なんて頼んでも、希望がかなう確率はかなり低いだろう。

 値切るのは極端にしても、現金だからこそ会話が弾むといった面白さもあるわけで、

「それをなくしてまで猪突猛進にキャッシュレスに突き進んでいいのでしょうか」(男性)

(ライター・我妻アヅ子)

※AERA 2018年11月26日号より抜粋