「身代金を渡したというのは常識的にはあり得ない。単にこれ以上、監禁を続ける意味がないと考えたのでは」

 安田さんの解放時、イギリスを拠点とするNGO「シリア人権監視団」の情報として、「多額の身代金が支払われた」「4日ほど前に解放されていたが政治的理由から発表が遅れた」といった報道が一部で流れた。安田さんはこの情報を否定する。

「仮に身代金と引き換えだとしたら人質が生きている証拠も必要です。私の生存証明は、16年1月にブローカーを通じて家族からの質問が届いたときに、自分しか答えられない回答をしたとき以降行われていません」

 今回の体験を通じ、安田さんはこれから何を伝えようとしているのか。

「シリア情勢はどんどん変わります。数十年たてば今の情勢は『歴史』として扱われるわけですが、何十年たっても意味があるものがあるとしたら……」

 そこまで話し、安田さんはしばらくうつむくような姿勢で考え込み、ふっとこぼした。

「ずっと走馬灯みたいな状態なんですよ」

 生きて帰れるかわからない監禁生活の中、安田さんはひたすら過去を振り返ることに時間を費やしたという。

「自分の過去の人生が走馬灯のように浮かぶんです。今の嫌な状態を否定するためには、どこで間違ったんだろうと過去を否定する。それがすごくつらい作業で、ひたすら悔やむだけ。何もできない状態になって初めて、自由に仕事も生活もできていた環境がどれだけ恵まれていたか、いかに日常が貴重な時間だったか、なんて無駄に過ごしてきたんだろうと考えました」

 新たな境地で「伝える」ことの真の意味と向き合う安田さんの言動に、今後も注目し続けたい。(聞き手/編集部・渡辺豪)

AERA 2018年11月26日号より抜粋