男性は買い物を頼まれたとき、よく牛乳だけ買い忘れる。「牛乳は重いし、別の店のほうが安いから、最後に買おうと考えるんだけど……。でも、『もう一回行ってくる』と言えるようになったんだ」と笑いながら話す(撮影/今村拓馬)
男性は買い物を頼まれたとき、よく牛乳だけ買い忘れる。「牛乳は重いし、別の店のほうが安いから、最後に買おうと考えるんだけど……。でも、『もう一回行ってくる』と言えるようになったんだ」と笑いながら話す(撮影/今村拓馬)

 65歳未満で発症する若年性認知症は、厚生労働省の推計値(2009年)で約3万8千人。平均発症年齢は51.3歳、30代で診断された人も。当事者の思いとは。

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 いま、振り返ると「若年性アルツハイマー型認知症」と診断される1年前から、男性(55)には、症状が出ていた。仕事がうまくいかず、ひどくストレスを感じるようになっていた。それでも手元のタスクを懸命にこなしたが、“ありえない事務的なミス”を連発してしまい、その話はすぐ部署内に知れ渡った。

「うちの母と様子が似ている」と気付いた社員の助言で、会社から男性に病院で検査を受けるよう指示が出た。

 ミスは病気による症状だとわかり、男性は「助けてくれる人(医師)が見つかった。生きていける」と安堵感を覚えたという。それまでは「自分が自分でなくなる怖さ」を感じていたからだ。

 診断後3カ月の病気休暇を経て、現在は休職して1年になる。発症まで単身赴任が長かったので、ようやく夫婦で向き合う時間を持てるようになった。だが、当初は二人とも病状がよくわからず、戸惑いとケンカが続いた。妻(57)が「よかれと思って」、先回りして手や口を出してしまうからだ。

 男性はルーティンの家事はできるので、納得いくまで丁寧に進めたい。でも、何かしているときに横から声をかけられると、何をどこまで進めたか忘れたり混乱したりする。「どうして理解してくれないんだ」とイライラがつのり、何度もメモに気持ちを走り書きした。「できることなら、元(の状態)に戻りたい」「自分がいなくなったほうがいいなら離婚してもいい」と書き殴ったこともあった。

 半年経ち、お互いの気持ちを出し合って、生活のリズムをつかめるようになった。最近、男性は作業中に声がかかると、「ちょっと待って」と手のジェスチャーで相手に知らせる。

 家族には見守ってもらえるとありがたい。「ようやく自分らしく楽しみながら生きていけるようになった」と男性は笑顔を見せる。

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