島根あさひ社会復帰促進センターの生活棟を受刑者とともに歩く子犬ナーブ。生後2~4カ月の子犬を受刑者たちが10カ月間育てる(撮影/ジャーナリスト・大塚敦子)
島根あさひ社会復帰促進センターの生活棟を受刑者とともに歩く子犬ナーブ。生後2~4カ月の子犬を受刑者たちが10カ月間育てる(撮影/ジャーナリスト・大塚敦子)
ワシントン州の女性刑務所では、介助犬の訓練だけでなく、保護猫の世話もしている。高齢や病気などでどうしても譲渡先が見つからない猫は、受刑者たちが愛情を注ぎ、最期まで面倒を見る(撮影/ジャーナリスト・大塚敦子)
ワシントン州の女性刑務所では、介助犬の訓練だけでなく、保護猫の世話もしている。高齢や病気などでどうしても譲渡先が見つからない猫は、受刑者たちが愛情を注ぎ、最期まで面倒を見る(撮影/ジャーナリスト・大塚敦子)
撮影/ジャーナリスト・大塚敦子
撮影/ジャーナリスト・大塚敦子
八街少年院で、保護犬に「シェイク(お手)」を教える少年。犬とともに成長する姿を『ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発』にまとめた(撮影/ジャーナリスト・大塚敦子)
八街少年院で、保護犬に「シェイク(お手)」を教える少年。犬とともに成長する姿を『ギヴ・ミー・ア・チャンス 犬と少年の再出発』にまとめた(撮影/ジャーナリスト・大塚敦子)

 先入観を持たずにその人をありのままに受け入れ、信頼と愛情を与える動物たち。そんな動物たちの力を借りて罪を犯した人の立ち直りを助ける試みが、日本でも本格的に始まっている。

【八街少年院で、保護犬に「シェイク(お手)」を教える少年】

*  *  *

「ロン、ウェイト(待て)」

 ロンと呼ばれたその犬は、指示を出す少年の目を見つめた。少年が目を合わせたまま徐々に離れていくと、すぐにも追いかけたそうなそぶりを見せたが、指示されたとおりじっとしている。信頼に満ちたまなざしで、少年を見つめながら……。

 これは、千葉県八街市にある八街少年院でおこなわれているGMaC(Give Me a Chance=ギヴ ミー ア チャンス)と呼ばれる犬の訓練プログラムの一コマだ。2014年、公益財団法人ヒューマニン財団との協働で始まったこのプログラムでは、動物愛護センターなどから引き取った保護犬を財団のインストラクターの指導を受けながら約3カ月間少年たちが訓練し、希望する家庭に譲渡する。

 少年たちのなかには、虐待やネグレクトに遭い、心を閉ざしている子が少なくない。そんな彼らが自分と同じような境遇の犬たちをふたたび人と暮らせるよう訓練する過程は、彼ら自身の回復の道程と重なる。

 継父の暴力を受けて育ち、「人は信じません」と断言していた東京都出身の少年(当時19)は、茨城のシェルターから来た犬ロンを訓練するうちに、「犬には心を開ける」と話すようになった。当初は石のように無表情だったが、やがて周りの人にも笑顔を見せるようになり、人間不信が和らいでいった。出院して3年以上経つ今では、自ら起業し、少年院や刑務所を出た人たちの社会復帰を応援する「協力雇用主」になっている。

 非行や犯罪をした人たちが動物の世話や訓練をするプログラムは、アメリカでは1970年代から始まり、400以上の施設でおこなわれている。なかでも82年にワシントン州の女性刑務所で始まった「プリズン・ペット・パートナーシップ(PPP)」が草分けとなり、その後全米各地に広がった。

 PPPでは、受刑者たちが介助犬を訓練したり、アニマルシェルターに保護された犬を訓練して新たな家庭に送り出したりしている。数年前からはの保護団体と連携し、捨てられた猫たちをケアする活動も始めた。

 日本では、09年から公益財団法人日本盲導犬協会と島根あさひ社会復帰促進センター(島根県浜田市)の協働で、盲導犬候補の子犬を受刑者が育てる「盲導犬パピー育成プログラム」という試みが始まっている。

 PPPのルポである拙著『犬が生きる力をくれた』がきっかけとなって誕生したこのプログラムには、筆者も立ち上げから現在までアドバイザーとしてかかわり、犬を育て、自身も生き直していく受刑者の姿を『<刑務所>で盲導犬を育てる』にまとめた。

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