音楽同様、春樹さんと野球は切っても切れない関係にある。大のヤクルトファンで、この日は神宮球場でナイターがあり、スワローズの野球帽とグラブを持参していた (c)TOKYO FM
音楽同様、春樹さんと野球は切っても切れない関係にある。大のヤクルトファンで、この日は神宮球場でナイターがあり、スワローズの野球帽とグラブを持参していた (c)TOKYO FM
春樹さんの小説にはいつも猫が登場する。今日もスタジオのマイクの上にちょっと眠そうな顔の木彫りの猫。2回目の収録はレコードやコーヒーカップ、猫など愛するものたちとともに(撮影/AZUSA TAKADA)
春樹さんの小説にはいつも猫が登場する。今日もスタジオのマイクの上にちょっと眠そうな顔の木彫りの猫。2回目の収録はレコードやコーヒーカップ、猫など愛するものたちとともに(撮影/AZUSA TAKADA)
ラジオのマイクに向かうドナルド・フェイゲン(撮影/掛祥葉子)
ラジオのマイクに向かうドナルド・フェイゲン(撮影/掛祥葉子)

 極秘プロジェクトとして始まった「村上RADIO」。2回目の放送を前に、番組を企画したTOKYO FMのプロデューサー・延江浩氏が、作家・村上春樹の肉声と秘話をつづる。

【ラジオブースのマイクの上には、ちょっと眠そうな木彫りの猫が…】

*  *  *

 2018年8月5日午後7時、その声がラジオから流れてきた。初めて聴く「村上春樹」の生の声──。

 リスナーは固唾をのんで耳を澄まし、放送直後からSNS上にさまざまな感想が舞った。

 番組の冒頭は、無音の中で春樹さんの「声」が浮き上がるよう、少しだけ編集した。

「こんばんは……村上春樹です」

「こんばんは」と、「村上春樹です」の間隔を実際より0.6秒あけ、ちょっと不穏な感じにした。リスナーが放送に集中してくれると考えて、あえて音楽は付けなかった。

「ラジオに出演するのは今回が初めてなので、僕の声を初めて聴いたという方も、たくさんいらっしゃると思います。はじめまして」

 春樹さんの声がリスナーの心に入っていく。内面の奥深いところを小説で表現してきた春樹さんの声の響きを、みんなが探り当てようとしている。村上ワールドの真実はその肉声に宿る、とでもいうように。

「ひょっとしたら、村上春樹さんにラジオに出ていただけるかもしれない」

 1月の終わり、ある知り合いが「ちょっと内密な話がある」と、私の勤めるラジオ局を訪ねてきた。「どうなるか、まだわからないけど……」

 春樹さんと近しい旧知の編集者が、真冬の寒い日にわざわざそんなことを相談に来るなんて、まさか、本当に……。

 早速、プロデューサー、ディレクター、広報、Webマスター、営業に系列局を仕切るネットワーク担当と、大切な企画を立ち上げる時に招集する仲間たちへ内々に声をかけ、まずは春樹さんの本を持ち寄っての輪読会から始まった。

 デビュー作『風の歌を聴け』にはビーチ・ボーイズの歌詞があり、『羊をめぐる冒険』ではロックバンドの名を掲げて1960年代を語っていた。最新長編の『騎士団長殺し』にもたくさんの曲がちりばめられている。

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延江浩

延江浩

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー、作家。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞、放送文化基金最優秀賞、毎日芸術賞など受賞。新刊「J」(幻冬舎)が好評発売中

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