東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン代表。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン代表。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
関西空港で一夜を明かした後、大勢の人たちが臨時バス乗り場に並んだ=9月5日 (c)朝日新聞社
関西空港で一夜を明かした後、大勢の人たちが臨時バス乗り場に並んだ=9月5日 (c)朝日新聞社

 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 4日に上陸した台風21号、6日の北海道での地震は甚大な被害をもたらした。被災された方々にお見舞いを申しあげたい。

 台風21号では関西空港が閉鎖され、約8千人が施設内に閉じ込められる被害が出た。この件で気になる噂がSNSを駆け巡っている。日本人さえ関空を出られない時点で、中国人だけ優先的に救出されたというのだ。関空と本土の連絡橋はタンカーが衝突し4日夕方に封鎖されたのだが、在大阪中国総領事館が手配したバスのみは特別に通行を許可されたという。すでに中国では愛国的文脈で報道されているらしい。

 被災者には赤ん坊も高齢者もいる。噂が本当だとすれば、彼ら弱者を放置したまま国籍で救出の対象を選別したということになり、中国側の要請もさることながら、許可した日本側の対応もおかしい。そんなことがあるものかと調べてみた。

 結論から言えば、この噂は半ば本当だが半ばデマといったところのようだ。領事館が手配あるいは手配を要請したバスが関空に向かったのは事実、それが中国人のみを乗せたのも事実だが、救出は5日昼前から6日早朝にかけて行われており、けっして他国人に比較し早かったわけではない。一昨年末に豪雪で封鎖された新千歳空港では、一部中国人観光客が「暴動」を起こした。関空に閉じ込められた中国人は約750人と言われるので、日中とも苦渋の決断だったのだろう。

 とはいえ、最長9時間とも言われる行列に並んでいた日本人からすれば、特別手配のバスが怨嗟の対象になるのもやむをえない。日本側の告知に問題がなかったか、検証の必要がある。

 それにしても、この噂であらためて実感したのは、わたしたち日本人のなかで進む「中国人のモンスター化」である。関空封鎖については、停電で電波が落ちるなか、中国人のみSNSを使えたとの話もあり、そちらも臆測を呼んでいる。いまの日本には、中国政府は中国人のためには国際常識など平気で破るというイメージが根強くあり、それが噂を強化している。しかし本当に危険なのはそれら噂に振り回されることだ。かくいう筆者も数日信じた。自戒を込めて記しておきたい。

AERA 2018年9月24日号

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東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

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