子どもに愛情を持って接する保育士は多い。ただ、あまりにも待遇や働く環境が悪いために、志半ばで保育士を続けられなくなる人もいる(撮影/岸本絢)
子どもに愛情を持って接する保育士は多い。ただ、あまりにも待遇や働く環境が悪いために、志半ばで保育士を続けられなくなる人もいる(撮影/岸本絢)
国の想定より現実は低い保育士の賃金(AERA 2018年8月13-20日合併号より)
国の想定より現実は低い保育士の賃金(AERA 2018年8月13-20日合併号より)
株式会社立の保育所が増えている(AERA 2018年8月13-20日合併号より)
株式会社立の保育所が増えている(AERA 2018年8月13-20日合併号より)
株式会社立の保育所は人件費率が低い(AERA 2018年8月13-20日合併号より)
株式会社立の保育所は人件費率が低い(AERA 2018年8月13-20日合併号より)

 将来を担う子どもたちを支える保育士の待遇が問題視されている。背景には、近年、「待機児童解消」の名のもとに進む保育の民営化がある。利益を追求するあまりに人件費が削られていないか。ジャーナリストの小林美希氏が現場を徹底取材した。

【図表で見る】国の想定より現実は低い保育士の賃金

*  *  *

「会社の方針はコストカット。保育士も子どもも、きちんと処遇されていなかった」

 保育所を運営する大手の株式会社に就職した足立恭子さん(仮名、27歳)は、「大手という看板に騙された」と、すぐに後悔した。

 待遇は思いのほか悪かった。3年目でも月給は手取り17万円。ボーナスは年間で基本給の0.5カ月分しか支払われなかった。退職金制度もない。毎日、約2時間は残業したが、残業代は月に5時間分までしか申請できなかった。年収は250万円程度と薄給。

 配属された認可保育所では、1年のうちに半数以上の保育士が辞めていく。すぐに職員が入れ替わるため、子どもは情緒不安定になる。

 玩具を買うコストも削られた。恭子さんのクラスでは15人の0歳児に対して、重ねコップ、ぬいぐるみが数体、ガラガラ音が鳴る引き玩具が一つだけ。すぐに玩具の奪い合いが始まり、噛み付きやひっかきが起こる。新人には手作り玩具を作るようノルマが課せられた。園内に数冊しか絵本がなく、読んであげた記憶がない。

 楽しいはずの食事の時間。休憩時間はなく、恭子さんは泣く赤ちゃん2人をおんぶと抱っこしながら一緒に昼食をとった。保育士に余裕がないため、食べるのが遅い子には、スプーンで無理やり離乳食を口に突っ込んだ。

「これでは、子どもの気持ちに寄り添ってあげられない。なのに、なぜ次々と保育所を作るのか」

 という疑問が膨らんだ。恭子さんは大手株式会社を退職し、地域に根付いて保育所を運営する小さな社会福祉法人に転職した。

 別の大手株式会社に就職した桜井明子さん(仮名、26歳)も、

「保育士になるのが小学生からの夢だった。大手で安心して働ける」

 と意気揚々としていたが、その期待はすぐに裏切られた。

 1年目、1歳児クラスの担任になった。ギリギリの体制のため1日に4時間以上のサービス残業を強いられ、家でも仕事をした。月3回も土曜出勤のシフトに組み込まれたが、代休は取れない。どれだけ働いても月給は手取り18万円。保育士1年目の年収は、額面で278万円だった。疲弊してメンタルを崩し、2年目に退職して現在、別の園で派遣保育士として働いている。

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小林美希

小林美希

小林美希(こばやし・みき)/1975年茨城県生まれ。神戸大法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年からフリーのジャーナリスト。13年、「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。近著に『ルポ 中年フリーター 「働けない働き盛り」の貧困』(NHK出版新書)、『ルポ 保育格差』(岩波新書)

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