「蹴られた時は、腹が痛いけど続けられないほどじゃないと思ったんです。その時点で残り時間が1分ほどだったから、ここはやり過ごして次のラウンドで頑張ろうと。それでインターバルにコーナーに戻ったら、普通の痛みじゃなくて」

 セコンドを務めていたジムの会長にその旨を告げると、会長がタオルを投入し、試合を棄権。医務室に直行したが、リングドクターからは「打撃で受けた痛みでしょう。休めば大丈夫」と言われ、少し休んだ後に帰り支度をしようとしたら、嘔吐に見舞われた。

 一緒にいた母親が血相を変えて救急車を呼び、搬送された病院でエコー検査の結果、腹の中で出血していることが判明。30分後に緊急手術となった。

「腹膜炎と腸管損傷ですね。小腸に穴が開いてて、お医者さんから『あのまま帰ってたら死んでた』と言われました(笑)」

 3週間の入院を余儀なくされ、当然母親からは「もう格闘技はやめて」と懇願されたが、本人のリングへの意志は全く変わらなかったという。

「退院したらすぐ復帰しようと思ってました。同期の選手が活躍しているのを見て焦りも感じて、練習もこっそり再開して。復帰を決めた時、母は反対しましたが、音楽の夢を諦めた経験のある父が、『子どもたちにはやりたいことをやらせてやろう』と説得してくれました」

 3年7カ月を経てMMAのリングに戻った富松さんは、「怖いという気持ちは全くなかった」と話す。

「逆にあれがリスタートでしたね。あれで死ななかったんだから……という気持ちも、どこかにある気がします。今はもう、語り継ぐネタとしか思ってないです(笑)」

 今は「DEEP JEWELS」の王座を最終目標に、現役生活のラストスパートを期して戦っている富松さん。彼女の腹筋のあたりには、今もあの時の手術の傷痕が残っている。
出産を経て戦い続ける

 女性にとって、ただでさえ大きなイベントである妊娠・出産。プロアスリート、それも直接肉体を傷つけ合う格闘家となれば、なおさら大仕事だ。

 07年に19歳でデビューした当初から、そのルックスで男性ファンの人気を集めた石岡沙織さんは、「ここで!?」というタイミングでその大仕事と直面することになった。

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